FT長編&シリーズ
□犬グレナツ
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*元拍手文です
梅雨に入り、連日雨が続いている。
安っぽいビニール傘を片手に差して、ナツは水しぶきを上げながら歩いていた。路面は雨でびしゃびしゃになっていて、ところどころに大きな水たまりができている。
都会の外れにある街は、中心地より人通りが極端に少ないため、前には誰一人歩いているものがいない。さぁさぁと降り続ける雨の中、ナツの足音だけが響いていた。
そんな中、視界の端にひしゃげたダンボールが見えて、足を止める。ゴミ捨て場だった。
雨の中、水に曝されてこんな風になってしまったんだろう。
(……捨てるなら解体しろよな)
以前はそんなこと少しも考えたことはないが、いざ一人暮らしをしてみると、こういうところが目についてしまう。
なんにせよ明日収集されるだろうし、とそのまま通りすぎてしまおうかと思ったが、何か黒いものが中に見えて、動かそうとした足を再び止めた。
「……犬?」
声に出してみれば、ストンと頭に入ってきて、ナツは慌てて駆け寄った。
「ひっでぇ……!」
保温のためだろう、中に敷かれていたタオルは、この雨でびしゃびしゃになり、その役目を果たしていない。中には同じくびしょ濡れになった、黒い子犬が力なく目を閉じていた。
なんて、酷い。
ぴくりとも動かない。死んでしまっているのかもしれない。
ナツは嫌悪感も抱かず、その子犬に触れて、制服が汚れるのも構わず腕に抱いた。
「こんな……ひでぇよ」
雨にぬれている所為か、酷く冷たい。死んでしまっているのなら、こんな所にいさせるのはあまりに残酷だ。
「ごめんな…」
きっと、恨んだだろう。たった一匹でゴミ捨て場に、捨てられて。捨てた人間を、知らぬふりをする人間を。
もう少し早く見つけていれば――。
そう思って、ナツはやりきれない思いに耐えるように、歯を食いしばった。
「生きてる……?」
指先に、とくり、と何かが脈打つ感覚が。それは自分のものではなく、この子犬の胸に宛がわれた指先に感じられる、小さな小さな鼓動。身体が小さいからこそ、気付く、生の鼓動だった。
「生きてる!」
悲しみと苦しみに歪んでいた顔をぱっと輝かせ、ナツは傘を投げ出して走った。
掌で小さな命を、大切に包みながら。