FT長編&シリーズ

□キツク握り締めたその手に触れ
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誰かが自分の所為で命を落とすのは嫌だった。ジークレインは、そんなナツを強いと言ったけれど、本当は違う。それを選択させたのは、心の奥底にいる酷く臆病な自分だったからだ。

本当に嫌だったのは命を落とす事よりも、また置いて行かれるのが怖かったから。

自分が死んだら、きっと妖精の尻尾の仲間達を傷つけることになることは分かっている。それでも誰かの命を犠牲にして生き長らえる位なら、ここで死んでしまってもいいと思った。思ってしまった。


「ジーク……」


首筋の痛みが引いて行くと同時に体中から熱が引いて行く。ジークレインは、ナツを抱きしめたまま動かない。ナツの首筋からは呪印が消え去り、酷く重かった身体も僅かにだるさを訴えるだけだった。けれど。


「ジー、ク……」


呪いを解くには術者の命が必要だと、ジークレインは言っていた。

ナツの制止を振り切って魔法を使ったジークレインはぴくりともしない。呼びかけても、欲しい言葉は返ってこない。その事実を受け入れたくなくて、ナツはジークレインの胸に顔を押し付けた。


「嘘だろ……っ、死んでなんかないよな……?」


胸元に手を持っていき、コートの裾を握りしめる。込み上げてくる恐怖心が、顔を上げることを邪魔していた。

その時、胸元に置いた手に振動が伝わって、はっと目を見開いた。気の所為ではなく、トクリと振動を感じる。規則的に鳴るその音は、ジークレインの左胸の辺りから伝わってきて、それが心臓の音だと認識した直後、ナツの手に少し大きな掌が重ねられていた。


「ナツ」


上から降りてきた声。

その声は酷く優しい声だった。

恐る恐る顔を上げれば、先ほどまで力なく項垂れていたジークレインが、その月色の瞳を細めてナツを見つめていた。手は確かに温もりを持っていて、これが夢ではない事を告げている。

生きている。


「――――ッ…」


言葉が出なかった。

口を開いたのに音が出ない。かわりに零れ落ちたのは涙で。


「この、バカ……野郎ッ……!」

「すまない」


詰まりながらも吐き出されたのは、そんな言葉。本当はそんなことを言いたい訳ではないのに。後から後から溢れる涙が、言葉を遮って邪魔をした。


「違くてっ……生きてて、」


生きていて良かった。


後はもう何も言えなかった。それまであった恐怖と、生きていてくれた事による安堵と、色んな感情がない交ぜになって、言いたい事は沢山ある筈なのに何も音にならない。ただ、すまないと謝りながら抱きしめられ、優しく頭を撫でる掌が嬉しくて、情けないと思いながらも涙を止められないでいた。





***





あの後、元々消耗していた体力と精神的な疲労の所為で、言いたい事だけ言って眠りについたナツは、目を覚ました後、晒してしまった醜態から顔を赤く染めていた。


「も、もう二度とあんなことすんなよっ!」

「ああ、約束する。もう二度としないさ」


そう言って微笑むジークレインは、随分最初の印象と変わっていた。

最初こそナツをからかってばかりだったのに、今はこんなにも優しい。


「何か、お前感じ変わったな」


おかげで何故だかジークレインを直視できなくなってしまった。別にからかわれたい訳じゃないが、そんな優しい目で見つめられると、気まずくなってしまう。


「何だ、今までみたいに苛めて欲しいのか?」

「ち、違ぇし!」


慌てて否定した直後、口元を押さえて笑いをこらえるジークレインに、今まさにからかわれたのだと気づく。その反応にかああと頬が熱くなって、誤魔化す様に枕を投げた。


「まあ、俺は好きな奴には優しくする方だから安心しろ」

「は、ぁ?」

「好きだ、ナツ」


一瞬、聞き間違いかと耳を疑った。

しかし、ジークレインの瞳からは先ほどまでのからかいの色は失せていて、それが冗談の類ではないことが分かる。急に言われた事に、ナツは何を言っていいのか分からなかった。


「返事は後でいい。次に会った時に聞かせてくれ」


そう言ってベッドから立ち上がったジークレインは、ナツの額に口付けて。考える事を放棄していたナツは、急に意識が戻って顔を上げた。


「っ……何処行くんだ?」

「やることがある。ナツは、ここでゆっくり休んでからマグノリアに帰るといい」


子供にするように頭を掻き混ぜられる。まるで今の自分の心境を読み取られたかのようだった。

――行かないで欲しい、なんて。


「またすぐに会いに行く。約束だ」

「―――約束、だからな」


念を押す様に呟けば、ジークレインはナツの手を取ってきつく握りしめて、口付を落とした。







この気持ちをなんて表現すればいいのだろう。

満たされることのなかった器が、温かいもので埋まっていくようなそんな感覚。

しかし決して不快なものではなく、寧ろこれは温かく包み込んでくれるような幸せを感じる。



ジークレインが出ていったドアを見つめながら、温かい気持ちを胸に抱え布団にもぐりこんだ。


すぐに会える。


ジークレインのその言葉を信じて。







end


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