ナツ♀小説

□惚れた方が負け
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今日の仕事内容は、海の家の客寄せ及び手伝いだった。

はっきり言って魔導士の仕事ではないが、割のいい仕事ということでルーシィが申し込んだのだ。エルザ、ルーシィ、ナツの女三人とボディーガードと言う事でグレイとジェラールの二人、あと勝手に出てきたロキが同行した。この面子にボディーガードなんていらないと思うが言ったら言ったで冥土を見るのは明らかなので、グレイは口を閉ざすしかなかった。

遊泳上の端にある海の家は普段は殆どと言っていいほど客が入らないが、今年の夏は大盛況だった。見目のいい店員が大量にいるからという単純明快な理由だ。

エルザは際どい水着の上からエプロンを着て挑発的に接客をして男性客を魅了しているし、ルーシィもまた見事なプロポーションで客を誘導している。

女性客はロキが遠くまで足を運んでナンパしてきているし――ロキに至っては客寄せはついででナンパがメインだが。ジェラールに至っては突っ立っているだけで女性客が寄ってくるからある意味楽な仕事だ。


魔法で作ったかき氷にシロップやらトッピングをし、時たま話しかけてくる女性客の相手をながら、グレイの目はナツに釘付けだった。

セパレートの水着を着ているナツは、エルザやルーシィより少しだけ露出は低いものの、それがまた可愛らしさを引きだしていた。その上からフリルのあしらわれたエプロンを来て、元気に接客をしている。

あの格好ははっきり言って前から見ると裸エプロンにしか見えない。ここの店主の変態具合が垣間見えるが、うまくいけばそれなりの報酬がでるので、それも仕方ない事なのだろう。


それでも、だ。


男の客のナツを見る視線の意味を察する度に、気分が苛立つ。そのおかげで氷の粒子がどんどんきめ細かくなっていって、とてもいい舌触りと大盛況を呼んでいた。かき氷と言うよりは、細かくなりすぎて舌触りがふわふわしている。


「グレイー」


機嫌良さ気なルーシィの声が聞こえて、グレイはあまりいいとは言えない目つきでそちらを向いた。ルーシィは余程機嫌がいいのか、気にした様子もない。もともとこういった仕事が好きなのだろう。


「休憩の時間よ。あ、ナツも一緒にね」

「ナツも?」

「そう。ナツまだ接客してるから、一緒に連れてってあげてね」

「わかった」


声が弾んでいた事にルーシィは敏く気づいてしまったようだった。目元がうっすらと笑っている。生温かい視線を送られて、グレイは居心地悪くて仕方なかった。




***




「おいナツ、休憩だってよ」


丁度よく注文を伝えにやってきたナツと鉢合わせし、グレイはルーシィから言われた事を伝えた。近くで見るナツの素肌にドキリと心臓が跳ねる。ナツを前にすると、平静を装うのがこんなにも大変だ。


「いいのか?結構混んできてんぞ」

「いーんだよ」


無駄に動きの言い連中はそろっていない。この程度の人数なら今いる連中で充分捌けるだろう。視線を不自然に逸らしながら細い手を掴むと、そのまま店から連れだした。











柔らかい砂を踏みつけながら、二人で手を繋いで歩いていた。

聞こえるのは遠くで遊ぶ楽しそうな人の声と、波の音だけ。


今日のナツは酷く静かだ。


グレイもまたナツを連れ出してから一言も言葉を発していない。

けれど居心地の悪さは感じなかった。むしろ、いつもの騒がしい様子から一転して別な居心地の良さを感じる。

こうして手を繋ぐという行為も街中では絶対にさせてくれないけれど、今日は振り払う様子もなく大人しくしている。ここには自分達を知る者はいないからだろう。

ナツがどう思っているのか気になって、ちらっと様子を見れば、俯きながらその頬を染めていた。


(ちくしょう、反則だッ)


可愛くて仕方ない。グレイだけが知っている、女の子のナツ。

態度も言葉も男みたいなナツの意外な一面。これを見る事が出来るのはグレイの――恋人の特権だ。


「グレイ。手、痛い……」

「わ、わりっ」


いつの間にか手に力が入ってしまったようだ。慌てて華奢な手を離すと掌にひんやりと空気が触れる。名残惜しく思いながらも、そのまま浜辺を歩くしかなかった。


「グレイ!」


そんな時、急に走り出したナツを目で追えば、海の中に入ってばしゃばしゃと水音を立てていた。名前を呼ばれて「なんだよ」、と返事をすれば悪戯っぽく笑ってグレイの方へ振りあげた腕が水を掻いた。


「うわ、ちょ何すんだ!」


急に飛んできた水飛沫。

それを腕で顔を遮り当たるのを阻止すると、仕出かした張本人へ目を向けた。


「へっへーんだ!ここまで来いよ!」

「このやろっ」


先ほどまでの甘い空気は何処へやら、ナツはわざとらしく笑いながらグレイから逃げるように海へと入っていく。本気で怒っている訳じゃないが、可愛らしい悪戯に緩みそうになる頬を何とか誤魔化して追って海に入った。


「ったく、ガキかよ」

「俺はガキじゃね……っ!?」


こんな水の掛け合いなんて。そう思いながらも、足を止めてふり返ったナツへ渾身の力を込めて水を掛けた。お世辞にも水飛沫とは言えないほどの量を。


「やったなこの氷野郎!!」

「やっぱりガキだな!こんな事に引っかかりやがって!」

「んだとぉッ」


あとはもうプチ戦争の始まりだ。

軽く津波が発生し、付近にいた連中は気づかない内に皆避難していた。傍から見れば恋人達のじゃれ合いともとれる。実際グレイはそう思っていたが、そのじゃれ合いの威力が一般人のそれをはるかに超えるレベルであることには、残念ながら気付けてはいなかった。


「ん?」


ふと、違和感を感じ水を掻いていた手を止めた。身体を包んでいた水の浮遊感が一気に少なくなったのだ。ナツもそれに気付いたのか、手を止めてグレイの後ろ――海の方を見て目を丸くしていた。ほんの少し潮が引いていることにグレイが気付いたのはすぐで――。


直後に、大きな波が背後から襲ってきた。


海の中で受け身を取ることは難しく、二人は波に流されるしかなかった。波とは言っても大きいものではなく二人の頭上よりも少し高いくらいのものだったが、やはり威力はある。被った水から頭を出した時には、元いた場所からかなり離れた所にいた。


「おい、大丈夫かっ?」


ぷはっと近くに顔を出した桜色を見つけ、泳いで近づく。


「ヤバい」


開口一番に呟かれた言葉と、何より珍しくも深刻そうな表情。ナツがこんな顔をするのは珍しい。ちょっと落ち込んだような顔と濡れた所為で張り付いた髪が可愛いな、などと抜けた事を考えていたのだが、ナツから発せられた言葉にグレイは目を見開いた。


「み、水着……流され、た」


ナツの言葉を理解するのに、それなりに回転のいい筈の頭は働いてくれなかった。言葉をゆっくりと脳内で反復させて、意味を理解するのに数秒。

濡れたからでなく潤んでいるナツの瞳と、胸の前で交差するようにしている腕を見て、グレイは叫んだ。


「ちょっま、待ってろ!いいか、そのままで待ってろよ!」


こくりと頷くナツをそのままに、グレイは未だかつてないほど焦りを覚えた。


マズイ。
このままでは非常にマズイ。


こんなナツの姿を誰かに見られるのは堪ったものじゃない。この辺りは人もまばらだが、まったくいない訳ではないのだ。そして自分の下半身も色んな意味で危機だった。

とにかくグレイは辺りを徹底的に見渡して、ようやく遊泳区域を遮っている網の所に目的の物があるのを発見した。それを引っ掴んで急いでナツの元へ戻ると、目を逸らしながらそれを突きだした。


「ほら、これだろ?さ、さっさと着ろ」


平静を装うも、声が上ずってしまうのはどうしたって抑えられなかった。

隠しているとはいえ恋人が上半身を無防備に晒しているのだ―――健全な青少年の脳内はどうしたってその裸体を想像してしまう。これが行く所まで行った仲ならば多少耐性は合ったのだろうが、残念ながら付き合い始めて二カ月と少し――まだまだ清いオツキアイだった。


「グレイ、」

「ななななんだよ」

「後ろ結んでくれ」

「あああ!?」


控えめに発せられたナツの言葉に、グレイの叫びは先ほどの倍をいった。

やっと壁を乗り越えたと思った矢先に、また更に難易度の高い壁が立ちはだかる。

ヤバいと思いつつも拒否できないのは、心底惚れているからだ。これくらいのお願いなんて可愛いもんだと自分に言い聞かせるしかなかった。

水に濡れて、欲目なしにも色っぽく見えてしまうナツの背中や項から目を逸らして、手が触れてしまわないように気を付けながら、グレイは心の中で叫んだ。


(帰ったら覚悟しとけよっ!ちくしょう!!)






















END

蒼さま!遅くなってすみませっ!そしてもう秋なのに寒々しいわ!水着ナツは脳内妄想してね^^
以前長編でお酒で始まるなんて爛れた関係になったので、うふふあははな清い交際を目指してみました(遠い目)




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