長編
□グラリ、傾いたのは4
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渡したペンダントを見て嬉しそうに笑みを浮かべるナツ。
手を伸ばし、その滑らかな頬に触れると柔らかな感触が手に馴染む。優しくまるで愛おしそうに細められた瞳に吸い込まれるように顔を近づけると、琥珀もゆっくりと薄い瞼に覆われた。自らも視界を閉ざすその寸前、髪と同じ桜色の睫がふるりと揺れた。
「っ―――!!」
意識が浮上した途端、喉から出かかった声を呑みこんだ。
夢を見ていたのだと分かって程なく授業終了の鐘の音が聞こえ、そのまま机に突っ伏した。
なんて夢だ。
脈打つ心臓は、変な夢を見てしまったという焦りとは別のじわじわと甘く痺れるような鼓動。決して不快ではないが、感じた事のない疼きに戸惑いを隠せない。
「ねぇグレイ大丈夫?」
「あ?」
机に伏したままの自分に声を掛けたのはルーシィだった。
大丈夫じゃねーよ、と内心では思うがそれを口にすればややこしい事になるのは目に見えている。理由を説明するにしてもあの夢の事を誰かに教えるのは憚られた。
「別に大丈夫だ。何でもねーよ」
「そう?変な夢でも見てたんじゃないでしょうね」
「勝手に言ってろ」
ぷくくとでも擬音がつきそうな笑い方だ。揶揄を含ませながらも図星を指していて口元が引き攣った。これだから女の感というのは侮れない。笑みを浮かべているルーシィを横目にグレイは席を立った。
「ナツ迎えに行くの?」
「当たり前だろ」
「ふーん?」
「何だよさっきから」
ルーシィが先ほどから見せる意味ありげな視線や台詞を訝しげ思わないほど鈍感ではない。苛立たしげに言ってしまったがルーシィは意に介した様子もなく、なんでもないと再び口元に笑みをのせいってらっしゃいと手を振った。
ああ本当に訳が分からない。
屋上へと向かう階段には誰も居らず、グレイとナツの二人の声がよく反響する。たんたんたんと足音の合間に聞くナツの声は心地良さすら覚えた。
それでさ、とくるくる表情を変えながら話すナツから目を離せない。
どれだけ見ても飽きる事などなくて、ずっとそれを見ていたいとすら思うのは一種の依存なのだろうか。
「グレイ?」
「あ、いや、何でもない」
あまりにじっと見つめていた所為か、訝しげに眉を寄せながらナツが覗きこむ。琥珀の瞳に覗きこまれると心臓が大きく跳ねた。今日はやけに心臓の音が忙しない。
「何か今日ぼうっとしてんな。具合でも悪いのか?」
「そんな風に見えるか?」
「おう、何か最近変だし」
「ひでぇ言いようだな」
長くも短い距離だったが漸く屋上へと続く扉へと辿りつき、ナツがその取っ手へ手を掛ける。すると、ふとちかりと輝く物が目に入った。それは、自分がナツへと誕生日に送ったペンダントに間違いなかった。
「これ、ちゃんと付けてくれてんだな」
「ああ、当たり前だろ」
取っ手を掴んでいた手が胸元のペンダントへと触れ、ナツはふわりと優しげな笑みを浮かべた。
そして、デジャブ。
薄れていた夢が現実と重なっていく。
グラリと何かが傾いた気がした。それは足が地に着いていない感覚に似ている。琥珀の眼と絡みあい、自身の内で燻っていた何かが形をなしていく気がした。
手を伸ばし、少し丸みを帯びた頬に触れると柔らかな感触が手に馴染む。目を見開いたナツを目に収めたとき、ほんの一瞬唇に花びらが掠めたような感触がした。
「グレ、イ?」
離れた時ナツは呆然とした様子で名前を呼んだ。
大きな琥珀の瞳は揺らめく水面のように困惑し、グレイを映し出していた。