長編

□感情マテリアライズ3
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時は遡り、一日前。




昼休みの終わる鐘の音が鳴り終え、生徒は席に着き授業前の数分を会話を楽しんだり予習をしたりとそれぞれの時間を過ごしていた。その中でルーシィは空いている一席を見て怪訝な表情で廊下を見るが人影は見当たらず、席の持ち主が戻ってくる気配も勿論なかった。
空いた席の持ち主はグレイで、つい先ほどナツと一緒に昼食を取りにいったはずである。


(どうしたのかしら)


そう思った時、がらりと扉が開いて担当の教員が前に立つ。起立の号令がかかり全員揃って席を立つとまあいいかと思考を振り払った。
グレイが授業をサボることは別に珍しい事ではないし、ナツと出会う前は授業に来ない事は頻繁にあったことなのだから、きっと今日も授業に出る気がせずどこかで不貞寝でもしているのだろう。

そう思うと、ルーシィは頭を切り替えて授業に集中し始めた。







午後の二時間目の授業が終了し、終礼が終わってもグレイは教室に戻ってこなかった。
生徒たちもそれぞれ教室を出て帰宅、もしくは部活に向かっているのだが、グレイの席には荷物置きっぱなしになっている。いつもはこのくらいの時間には戻ってきているのに、と流石にルーシィは心配になってきた。


(探しまわるのも面倒だし……)


ナツと一緒にいたのは間違いないし、やみくもに探すよりも聞いた方が手っ取り早いだろうと、ナツのクラスへと向かう。


「あ、ナツ!」


丁度教室から出てきたところを呼び掛けると、どこかぼんやりとした目がこちらを向く。
それに引っかかりを覚えながらも、ルーシィは口を開いた。


「ねえグレイ知らない?昼休みからずっと教室に戻ってこないのよ」


そう言うと少し目を見開く。その様子でどうやらナツにも黙って授業をさぼったのが分かる。


「悪ぃけど、知らねぇ」

「そう、あいつもしょうがないわね。それより――大丈夫?何か顔色が悪いみたいだけど……」

「っ、気の所為だろ!あ、じゃあオレちょっと急いでるから」


ルーシィの言葉に僅かに肩を跳ねさせたと思えば、ナツは慌てたように背を向けた。


「あ、ちょっと」

「ごめん!またな!」

「もう……」


いつものナツらしからぬ反応にルーシィの調子も狂う。

グレイの事は別に放っておいても良かったのだが、ナツの様子を見てもしかしてなにか重大な事があったのではないだろうかと思うとそうもいかない。


「世話のやけるやつらね!」


お節介なのは分かっているけれど、もとより二人は大事な友人だ。放っておくわけにはいかないと、ルーシィは屋上へと足を進めた。







ガチャリと重厚感のある扉を開くと、夕暮れでオレンジ色になった空が綺麗に見える。
辺りを見まわすが、グレイの姿はなかった。

しかし、風に乗って独特の臭いが鼻を刺激し思わず顔を顰める。煙草の臭いだ。こんなところでどうどうと校則違反をする輩を思い浮かべ、探し人がここにいることが確定する。

風上を見れば、給水タンクの所に人影と立ち上る煙が見え、ルーシィは溜息を吐いた。


「こんな所でサボって、煙草まで吸っちゃって。本格的に不良ね」

「……」


煩わしそうな視線を向けただけで、黙ったまま空を仰ぎ見ている。
グレイが煙草を吸っている姿を見るのは初めてだったが、吸っている姿からそれが初めてでない事は何となく分かった。


「……好きな人でもできた?」


凪いだ空気が一瞬張り詰める。それだけで、ルーシィはすべてを悟った。








レビィに聞いた噂は、最初は冗談だと思っていた。

けれど二人を見た時感じた違和感――噂は当たらずと雖も遠からずだったのだろう。

様子のおかしかったナツといい、グレイがナツに何かをしたのだろうというのは容易に分かる。


「こんな所で燻ってても何もならないと思うけど」


中にゆらゆら漂う煙を光のない目で見つめているグレイ。
付き合いはそんなに長い訳でもないから、何を考えているのかも分からない。


「うっせぇな……」


こんなにも殺気だった声は初めて聞いた。けれどそんなに気が大きい方ではないルーシィだったが、不思議にも怖気づくことはなく、深い深い溜息を吐く。その苛立ちの裏に隠された焦燥が嫌でも伝わってきたからだ。


「呆れた」


溜息と共に出た言葉に、グレイが不機嫌そうに眉を寄せる。


「ナツの事が好きなんでしょ」

「……」


否定も肯定もしないのはそれが真実だからか。


「軽蔑するか」

「……しないわよ」


戸惑いはあるが、不思議と嫌悪感は沸かない。男同士なんて身近でそんなことがあるなんて考えもしなかったけれど、二人を見ていると、とても自然な流れにも見える気がする。嫌悪などより、安心している自分に驚いた。


「……オレにそんな資格はねぇよな」


ナツを好きになるなんて、と。
独り言のように呟かれたそれに、ルーシィは目を見開いた。


「資格って……」

「だってそうだろ。今まで散々色んな奴傷つけてきて……こんなオレがどうして手を伸ばせるって言うんだ」


そんなグレイの言葉に、ふつふつと何かが込み上げてきた。
やっと人の事を好きになれたのにあれだけ探していたものを、グレイは何もせずただ諦めている。


「……なんでそうやる前から諦めてんのよ!」


ふつふつと込み上げた感情は沸点を超えて爆発していた。


「前の子たちが何?あの子たちは途中で負けて諦めただけ。別にグレイだって遊んでた訳じゃないんだから、傷ついた度合いなんて一緒でしょう!?」


ずっと見ていたから分かる。
彼女達の心ない言葉で、どれだけグレイが傷ついていたのか。


「だからあんたはいつまでたっても本当の恋ができないのよ!知ろうともしてないんだから!」

「っ……!」


ナツはきっと告白なんてされたら困るだろう。苦しむだろう。哀しむかもしれない。でも、もしかしたらナツも同じ気持ちかもしれない。そんなことちゃんと聞いてみないと分からない。けれどきっとそれが普通なんだ。想いを打ち明けるなら、みんながきっと通る道。


「本当の恋なんて私も知らないけどさ……最初から諦めてたらナツは絶対に振り向いてくれないよ?」


グレイと付き合った子たちは駄目だったと分かっていてもぶつかっていった。結果はでなかったけれど、それでも彼女達には勇気はあった。片恋で終わる事になったけれど、ルーシィが見てきた中で彼女達は悲しみを乗り越えてもう前に進んでいる。
それはグレイだって知っているはず。


「気持は言葉にしないと伝わらない。進展もなければ後退もない。無難だけど……ずるいよ」


少なくともグレイはもう想いの一端を持ってナツに触れてしまったのだろう。だからこそ、あの時ナツは硬い表情を浮かべて逃げるように学校を去った。感情の爆発で涙が出そうだった。

俯くルーシィの横をグレイが通り過ぎ、そのまま校舎へと消えていくのを横目に、


「ばかよ……ホントに、」


ぐずっ、と鼻を鳴らす音がむなしく響いた。





***





ルーシィの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
あんなに感情を爆発させた姿を見るのは初めてだ。

校舎を出て校門までくると屋上を見上げる。ルーシィはまだあそこにいるのだろうか。
屋上から視線をずらして更に見上げると、空は段々と薄暗く、夕日は沈みかけ、美しいグラデーションが飾っている。それは闇夜が日を無理矢理沈ませているようにも見えた。


(こんなヤツが、あいつの傍にいるのは似合わねぇよな……)


空から目を背け、目を閉じるとそこにはナツの笑った顔が浮かんだ。向けられたそれは暖かく、冷えきった奥底に入り込んで自分を照らしてくれた。そして次に浮かぶのは涙を浮かべた琥珀の眼。


(あいつのあんな顔はもう見たくねぇ)


もう泣かせないと決めたのだ。
でももうこのままじゃいられない。どの道このままじゃあ、ナツの泣き顔どころか笑顔すら二度と見れない。


「けじめ……つけなきゃな」


ありがとうな、ルーシィ。
そう言いながらグレイは学校を後にした。









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