FT短編

□悪い虫はどっち?
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最近ナツの様子がおかしい。

妖精の尻尾の仲間たちは、そのことに全く気付いていないようだが、グレイにはそれが嫌でもわかってしまった。


「ナツ、どこ行くんだ?」


そわそわと落ち着かない様子で出て行こうとするナツに、グレイは声をかけた。すると、驚いたように肩をビクリと震わせてナツが振り返る。そんな些細なことにすら不信感を抱かずにはいられない自分に、やり切れない思いだった。


「べ、別にどこでもいいだろ!グレイには関係ねぇ」


そう言って、返事を待たずにナツはギルドを出て行った。騒がしいギルドの中で、ナツ一人がいなくなっても気づくものは少ないようで、他の仲間たちは談笑を続けている。

しかし、そんな騒がしい中で取り残されたようにナツの言葉が耳から離れない。

関係ない。

そう、確かに関係ないことだ。けれど、それは一つの刃となってグレイに痛みを与えた。


「ナツ、最近様子が変よね」


話しかけてきたのはミラジェーンだった。

ミラはカウンターにいながら、仲間のことをよく見て把握している。だからこそナツの様子にもグレイとは違う意味で気づいていた。


「知るか、あんな奴」

「ふふ、やきもち焼いているの?」


見えない誰かに、と言われてグレイは顔を顰める。


「誰が」

「あなたよ、本当は気づいてるんじゃない?」


言われて苦肉を噛んだように顔を歪ませるグレイに、ミラは苦笑する。グレイの心情は、傍から見ても分かりやすく表情に表れていた。


「ナツ、すごく嬉しそうだったわね」


落ち着かなさそうに、ギルドの扉と時計を行き来していた大きな猫目。何かを待ち遠しくしているその姿は、ミラの目には可愛らしく映った。

そして時間が来たのか落ち着きなく、どこか嬉しそうに出て行こうとする姿は、まるで恋人にでも会いに行くような仕草で見ている方が心温かくなるような光景だった。
しかしグレイはとてもそんな気持ちにはなれない。

ミラが言うことがいちいち引っ掛かり、いらいらしながらグレイは懐を探る。が、目的のものがないことに舌打ちをし、その手を下ろしてグラスに伸ばして残っていた水を飲み干した。


煙草はもうやめたのだ。


「追わなくて、いいの?」

「っ……」



がちゃんと、グラスが音を立てる。
程なくしてギルドの扉が荒々しく開かれた。



「まったく……素直になればいいのに」



恐らくナツを追って行っただろうグレイに、ミラは困ったように笑った。







***







グレイは街の中を歩いていた。足は自然と早い。

ナツはマグノリアでも有名なため、人に聞けば居場所はすぐに分かった。

ナツを見かけた、と教えられた場所の付近に近づけば、視線は無意識でも桜色を探す。


「ナツ……」


見つけた。


珍しい桜色の髪は間違えることなくナツのもの。ナツの周囲に視線を漂わせれば、恋人のような存在は何処にもいない。そのことに内心安堵する。


(気のせいか……)


そう、思った時だった。

ナツがぱっと表情を変えて駆け足になる。その先を見てグレイは驚愕した。
駆け寄った人物の服の裾を握りしめて、優しく目を細めて何かを言う。その表情はグレイが今までに見たことのない類のもので、嬉しそうに頬が染まっている。甘えるようにも見えるそれは、まるで。


恋をしているような―――。


心臓が軋みをあげる。
ナツがあんな、甘えたような表情を見せる相手に目を向けると。


一瞬かち合う視線。


かなり離れたところにいるはずなのに、よく見える。相手の―――男は、勝ち誇ったように、まるでグレイを見下すかのように、


笑った。


その瞬間、まるで噴き出すように怒りが全身を巡った。


視線があったのは一瞬で、次の瞬間には男はナツに視線を戻し、グレイに見せた表情と打って変わって優しく頬を緩ませながらナツの髪に触れる。その様子は、恋人にするような手つきだった。
頬に滑ったその手をナツは嫌そうにするでもなく、くすぐったそうに目を細めて大きさの違う男の手に自分のものを重ねた。


ぎりっと唇を噛み、爪が食い込むほどに拳を握りしめる。


きつい眼光で睨みつけると、気付いたようにまたグレイに視線を向けた男はにやりと笑う。




煮え滾るような想いを胸に抱えたまま、グレイは踵を返した。




背中に男の視線を受けながら。






***






「どうしたんだ?」


男は、去っていく青年を遠目に見ながら口元を緩ませた。そんな様子を、訝しげに見る子供に気付いて、その桜色の髪に手を差し入れ、撫でた。


「なんでもない」

「ふーん?なあ、なんで今日は待ち合わせにしたんだ?一緒に住んでるんだからそんなことしなくてもよくねぇ?」


心底不思議そうに見てくる桜色の子供――ナツに、男は誤魔化す様に笑う。


「悪い虫がいないか確かめたかったんだよ、あまり気にするな」

「虫?」


意味が分からない、と顔を顰める。しかし、それでいい、と男は思った。


「なあ、そんな事より早く行こうぜ!俺、一緒に行きたいところがいっぱいあるんだ!な、イグニール!」


イグニールと呼ばれた男は、嬉しさを微塵も隠さないナツを優しく見据える。自分がいなかった七年間の間に、驚くほど成長した我が子。
離れてしまっていた期間に、とても寂しい思いをさせたことは本当に申し訳なく思う。しかし、うまく人間の世界に馴染んでくれたようで安心した。

服の裾をぐいぐい引っ張るナツに頬を緩ませながらも、去って行った男に対して優越感を抱く。自分がいなかった間に付いた悪い虫は、早いうちに取り除かなければ。


「ナツ、そう慌てるな。時間は沢山あるんだからな」

「お、おう。……そうだよな。いっぱいあるもんな!」






そう、時間はある。





イグニールは、ナツの純粋な笑顔を見つめながら、どうやってあの虫を排除しようかと考えを巡らせていた。












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