FT短編
□くだらない嘘
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グレイが結婚するらしい。
それをルーシィが教えてくれたのは、数日前のことだった。
あまりその時のことは覚えていないけど、ふーん、とかそんな感じで聞き流していたと思う。ルーシィが酷いものを見るような眼で見てきたから。
グレイと最後に会ったのはいつくらいか、もう思い出せない。ここ数年まともに会話するどころか、顔すら合わせていないと思うけど、結婚すると言っているくらいだから、きっと元気にしているんだろう。一時期酷く荒れていた時期があって、ずっと心配していたけど、もう治まったんだなと安心した。
相手はどんな人だろうと想像する。
クエスト先で出会ったお金持ちのお嬢さんと言うことだったから、逆玉かあ、なんて感心した。顔だけはいいから、一目ぼれでもされたんだろうか。確か、向こうから求婚されたのだとルーシィが言っていた。
(――優しい人だといいな、)
そしてグレイも幸せそうにしていて、子供もいっぱい出来て、そんな暖かい家庭があったらいい。そうなれば嬉しい。
グレイと付き合っていた時の事を思い出して、もう別れて3年以上も経つと言うのに、小さな疼きが胸を襲った。
***
「……もう一回言ってみろ」
「聞こえなかったのかよ……――別れるって言ってんだ」
声が震えていないか、それだけが心配だった。
グレイの顔を見るのが嫌で、背を向けながら、別れを告げる。
「……これも、返す」
胸元にあったリングを掴み、首にかかっていたチェーンごと引きちぎって、後ろにいるグレイに放り投げた。ぞんざいに扱うことの罪悪感で、胸がじくりと痛む。ちゃり、と鎖が落ちた音を確認して、グレイがちゃんと受け止めてくれたことが分かった。
「……本気、なのか?」
信じられないとでもいうように声は震えていた。切なく響くその声に、ナツは胸元を押さえる。
「なんでだ…。なあ……理由を言えよッ」
悲痛に叫ぶ声が、耳に痛い。
酷い事を言おうとする口を、誰か引き裂いてくれればいいのに。
「――飽きたんだよ」
この日のためにちゃんと言えるようにしたから、声は怖いくらいに平静だった。グレイの呼吸が一瞬詰まるのを感じて、心の中だけで、ごめん、と呟く。
「お前なんか最初っから好きじゃなかった」
「……っ」
「ちょっと面白そうだから、試しに付き合ってみただけなんだよ。なのにこんな、指輪なんて渡してくるから、正直重くなっちまった」
『To natu』と彫られた指輪は、グレイと揃いのものだった。ほんの少し前に渡された時は、ただ本当に嬉しくてたまらなく幸せだったのに、今はもう手放された後だ。
「――それでもいい」
別な事に集中していたナツは、すぐ後ろにグレイが近づいてきた事に気付かなかった。耳元に聞こえた声に驚いて、離れようとすると後ろから抱きこまれた。
慌てて、離せと言いながら暴れても、きつく腕に力を込められて封じられてしまう。予想もしていなかったことに、ナツは混乱した。
「ナツ……頼む、傍にいてくれ。俺のこと、好きじゃなくてもいいから」
「……ッ」
(やめてくれ)
耳元に響く切ない声に、目元が熱くなった。
頼むから傍にいてほしいと何度も言われて、胸に鈍い痛みが走る。なんでこんなに酷いことを言っているのに、傍にいろというのだろう。
「俺の事、嫌いでもいい……頼むから、…愛してるんだっ」
初めて聞く言葉。
好きなら何度も言われた。
愛を告げるその声が、不思議なくらいに耳に残って、頭に上った熱を奪っていく。
「……離せ」
低く、けれどはっきりと告げた言葉は、酷く冷たかった。
「鬱陶しいんだよ。愛してる?気持ち悪い事言ってんじゃねぇよ」
びくりとグレイの肩が跳ねて、痛いくらいに力がこもっていた腕が離れていく。
解放された身体は、自然とグレイから離れた。
「――――じゃあな」
グレイは何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
それが無性におかしくて、込み上げる笑いをこらえるのが大変だった。
立ちつくすグレイと一度も目を合わせる事なく、ナツはその場を逃げるように立ち去った。
これでいいんだ。
嬉しくて、悲しくて、切なくて、寂しい。どれが本当の気持ちなのかはわからない。けれど、確かにナツは笑っていた。
―――ずっと、大好きだから……幸せになってくれよ―――
溢れる涙はとめどなく流れ落ち、緩められた口元を通って地面に消えてなくなった。