FT短編
□急展開な恋模様
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ナツの頭上にパンを降らせたあの日から、毎日のように昼食を奢る様になった。この学園の学食は、それこそ一食でコンビニのパンなど数十個買える額がする。和食からイタリア料理果てはエジプト料理まで多種多様の国家の料理を食する事ができ、専用のコックが何人もいる。注文した時から作られるので、出来合いのものなど一つもなく、舌が肥えた生徒たちも満足出来る程だ。
グレイとしては、皮肉の意味で捉えてほしいのだが、ナツは好意的にしか捉えないらしい。ありがとう、とまぶしい笑顔を向けてくる。お世辞にも教養があるとは言えない手つきで、それでもおいしそうに食べるものだから、いつからか習慣になってしまった。
すっかり毒気を抜かれてしまって、グレイは幸せそうに食べるナツの顔をじっと見つめる。
コンビニのパンでも同じ様においしく食べていたし、こいつにとっては食い物ならなんでもうまいのではないか、などと考えながら見ていれば、珍しい琥珀色の瞳と目があって不自然に心臓が跳ねる。そして、ばっとナツの視線から逃れるように顔を背けた。
(何やってんだ俺は……!)
「どうしたんだ?グレイもこれ食べたいのか?」
「いらねーよ」
フォークに突き刺しているそれは、ブドウエビを使った海老フライだった。海老は好きだと言っていたのにそれをよこそうとするナツの気がしれない。
(俺は、こいつのこと何にも知らねーんだよな……)
何を考えているのかも、どう見ても一般人のナツが何故この学園に入ってこられたのかも。何も分からない。胸の奥に燻る何かが弾けてしまいそうで、苛立ちが積もる。しかし、それでもナツを構う事をやめられなかった。
***
放課後の事だった。
日が赤く色づいて、大半の生徒たちは車で出迎えられ、家に着いている頃だろう。グレイは何となく家に戻る気になれず、迎えの車を待たせて無駄に広い中庭を散策していた。
そんな折、林の方から騒がしい声が聞こえてグレイは不快げに眉を寄せた。
静かに考え事に耽っていたいというのに、何なのだろうか。機嫌を損ねさせた者達を殴り飛ばしてやろうかと木々の生い茂る方へ足を踏み入れた時、グレイは黒塗りの瞳を大きく見開かせた。
視界に入ったのは、地に伏した桜色の髪と苦しげに寄せられた眉。
頬に走った一筋の傷と、流れる鮮やかな赤にグレイの中で糸が切れた。
「てめぇら何をやってやがンだ…ああ!?」
ナツを囲んでいた男どもは、声がした方を振り向いて戦慄した。中にはグレイよりも大きな男もいたが、同様に酷い顔をしている。瞳孔が開いたグレイの瞳は、何をするか分からない危うさを秘めていたからだ。そして、グレイが生まれながらに持つ肩書も、男たちを怯えさせる要因になっていた。
「ぐ、グレイさん!いや、これは……!」
男達の一人が言い訳がましく声を上げる。弁解しようとして前に翳された手の中に、カッターナイフが握られているのを見て、血が煮え立つほどの何かが込み上げてきた。
「ばか、お前!」
「ひっ」
仲間の一人が声を上げ、気付いた男がカッターナイフを地に投げ捨てると、グレイはゆっくりとした足取りで近づき、それを拾い上げる。先端に付着した赤いモノが、何であるか考えつく前に、グレイはそれを近場にいた男の首に突き立てた。
がっ、と首の横の木にめり込むナイフに、男が声にならない叫びを上げる。僅かにずれていれば確実に動脈を断っていただろう。
「てめぇら、人のモンに何手ぇだしてやがる…勿論どうなるかわかってんだろうな?」
「ひ、す、すみませ……」
「消えろよ、俺が本気になる前にな」
もし次に同じ顔を見せたら殺す、とナツに聞こえないくらいの声で言えば、男どもは震えあがって逃げて行った。
「おい、ナツ大丈夫か?」
「ってぇ……別に大丈夫だって、こんくらい」
へへっと笑って答えながら、血が流れた頬を制服の裾で強引に拭った。そのいかにも慣れたような顔に、グレイは怒りがこみ上げてくるのを感じ、さっきの男達に向けた目をナツにも向けてしまう。
「てめぇっ!なんでやり返さねえ!!被虐趣味でもあんのか!?」
「んなもんねーし。……でも助かった。どうなるかと思ってたんだ」
暴力を振るわれていたとは思えないほど明るい笑顔を向けられて、グレイは言葉に詰まった。怒りが一気に鎮火されていって、身体から力が抜けていく。
「んで、お前はそんなに能天気なんだよ」
傷ついた頬と唇が痛々しくて、グレイは付いた泥と新しく流れてきた血を手で拭ってやる。痛そうに顔を歪ませるナツに、抵抗しなかった罰だと内心ほくそ笑んだ。
「初めてじゃないよな」
「まーな。まさか刃物持ってくるとは思ってなかったけど」
よくよく考えてみれば、こいつは何か問題を起こしてはいけない理由があるのかもしれない。だから耐えるしかなかったのか。あえて理由を言おうとしないナツに、これ以上追及するのはやめた。
「こんなに傷つきやがって……」
顔に傷でも残ったらどうする、なんて女に思う事を考えて、違うそうじゃないとグレイは頭を振る。
「んー…でも、これだけで済んだのはお前のおかげだよな……さんきゅ」
「別に助けた訳じゃねー…お前に……」
何かしていいのは俺だけだからな。
「お前に…?」
止まった言葉の続きを促され、グレイは遠くに行っていた意識を引き戻した。
「な、んでもねーよ!」
「?」
いったい自分は何を思っていたのか。ナツを庇った理由を思い出して、グレイは愕然とした。あんなのはただの独占欲じゃないか。
ナツの不思議そうな視線から逃れるように、グレイは身を翻した。その後を慌てたようについてくるナツの存在を感じながら、胸に燻っていた想いがいったい何であるのか理解し、頬が熱くなっていく。夕日がさしていて良かったと思いながら、グレイは校舎へ歩き出した。傷ついた想い人を手当てしてやる為に。
***
翌朝、ナツを暴行した男子生徒は全員その学校から姿を消したと言う報告を受け、グレイはほくそ笑んだ。何も知らないナツは、いつものように昼食を食べている。
違うのは、優しい眼差しを送る様になったグレイに、ほんの少し照れたように昼食をとるナツの姿が見られるようになったことだった。
END
6666hitキリリク花だんパロで、グレイくんが思いを自覚する話!でした。こここ、こんな感じでよろしかったでしょうか…!かなりお待たせしてしまってすみません><。