FT短編

□It's so hot!
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蝉の鳴き声が煩い。エアコンの効いた部屋で、テーブルの上にはお菓子とジュースと教科書とノート。俺の隣りには、真剣な表情のグレイ。


(心臓が持たねー…)


部屋に入ったときから。いや、正確には今日の放課後、グレイの家で勉強しようと決まった瞬間から、俺の心臓は壊れ始めた。どくどくどくどく、落ち着かない。グレイに関することが起こるたび、俺の手足は震えて思考がうまく働かなくなる(いつもそんなにうまく働いていないけれど)。気付かれないように、そっと息を吐いた。


「…オイ、聞いてんのか?」

「う、えっ!?」


グレイの声に驚いて、変な声を上げてしまった。その様子を見てグレイは、呆れたように溜め息を吐く。


「だから、ここはこの公式使うんだって何度も言ってんだろーが」

「悪ぃ…」

「誰のための勉強会だと思ってんだよ」


声色から、怒らせたかな、と不安になる。

グレイは賢い。けれどそれは、努力ゆえだということを、俺は知っている。才能もあるのかもしれないけれど、それをここまでうまく発揮できるのは、グレイが努力しているからだ。


「ほんとごめん…」

「…まあ、わからねぇことあんだったら、バンバン質問しろよ。そのために俺が居るんだろ?」


グレイは優しい。自分だって色々予定があるだろうに、俺の面倒を見て、うわのそらだった俺を慰めてくれる。それを感じるたび、心がぎゅっとなって息が出来なくなってグレイのことしか考えられなくなるんだ。

好きだ。大好きだ(片想いでも、君が愛しい)。


「よし、じゃあ次。ここ、解いてみろよ」


指された問題に、今度は真剣に目を向ける。グレイに説明されたことを頭の中で整理しながら、ペンを走らせた。だんだん明確に導き出されてくる答えに、嬉しくなる。俺だってやれば出来るんだってことを、グレイに証明できるから。彼に、認めてもらえるから。


「グレイ、でき…」


解けた問題を彼に見せようと顔を上げたら、予想外に近いところにグレイの顔があった。至近距離で目が合って、固まってしまう。


「あ…」


グレイの大きな掌が、俺の頬を捕らえた。真剣な眼差しに、周りの騒音が遠ざかっていく。頬から伝わってくる、少し冷たい体温。呼吸のリズムがわかるくらいの近さで、俺はぎゅっと、目を瞑った。





「…よし、とれた」

「…っえ、」


聞こえた声に意味がわからなくて目を開けると、グレイの指先には小さな糸くず。


「ずっと気になってたんだよ。おまえ、髪に糸ついてたぞ」

「そ、れだけ…か…?」

「他に何があんだよ?」

「…っ!」


恥ずかしい。恥ずかしい。消えてしまいたい。

かあ、と音を立てるかのように、自分の顔が赤くなっていくのがわかる。勘違いして、勝手に思考を暴走させていたのは、俺だけだったのだ。当たり前だ。グレイは俺のことなんて何とも思っていないのに。


(キスされるかも、なんて…)


自分の思考回路を思い返しては、恥ずかしいやら申し訳ないやらでグレイの顔が見れなくて、俺は俯くことしか出来ない。


「お、ジュース無くなったな。持ってくっから、ちょっと待ってろ」


そう言ったグレイに返事も出来ないまま、背中を見送る。ドアが開いて閉じた瞬間、俺は机に突っ伏した。顔が熱い。エアコンの設定温度を、もっと下げたほうがいいのかもしれない。


「あー、もうだめだー…」


この暑さは、太陽のせいだけじゃなくて。きっと君が、俺の温度を上昇させているんだろう。



END


***


ドアを閉じた瞬間、俺は壁にもたれたままズルズルと崩れ落ちた。


「くそっ…!」


キス、してしまいそうになった。だってアイツが、ナツが、あまりにも可愛い笑顔を向けるから。

問題がひとつ解けるたび、子供みたいに喜んで、ぎゃーぎゃー騒いで、感情を全身で表現するナツが、可愛くて可愛くてしょうがない。男相手だから無理だ、なんてこと分かりきってるのに、この感情は消えない。消せない。押さえ込むことすら、いつ堰が切れるかと不安でしょうがない。傷つけたくはないけれど、我慢するのも限界だ。


「拷問かよ…」


好きな奴と二人きりという状況は、あまりにも辛い。何もわかっていないだろうナツを見ていると、俺の気持ちをわからせてやりたくなるんだ。

どんなに好きか。どんなに愛しいか。


「俺も相当イカレてんなあ…」


それは夏の暑さのせいにして、もうちょっとこの気持ちを大切にしてみようか。

そんなことを考えながら、キッチンへと向かった。



END









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