FT短編

□我慢も限界
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ナツと晴れて恋人同士になったのが、今から2カ月前の話だ。

普段は大胆なナツの事だから、こういった面にも意外と大胆なのかと思いきや、予想は外れ、かなりの奥手なのだということが判明した。

なにせ手を繋ぐのも最初の内は振り払われて、自分で言うのも何だがかなりショックだった。しかしその後すぐに謝られて、頬を赤くして弁解してきたときには可愛くて鼻血が出そうになった。それは勿論秘密だ。どうやら外だったのが駄目だったらしい。部屋の中でなら、ということで二人きりの時なら照れながらも触れさせてくれるようになったのだが、初々しいナツが可愛らしくて、頭の中で大事な何かが崩れそうになることが多々あった。

傷つけたくないから今まで我慢してきたが、やはり先に進みたい気持ちはある。ナツは手を触れ合わせるなんて初歩的な行為で満足しているらしいが、そろそろキスくらいしたっていいと思うのだ。





***





夕暮れ時。

誰もいない公園のベンチに座って身を寄せて、手を握り合っていた。以前は例え二人きりでも、外で恋人同士のような触れ合いをさせてくれなかったのに、最近では人を見かけなければ抱きしめたり手を繋いだりする事ができるようになった。

かなりの進歩だと思う。ここまで気長に待った自分を褒めてやりたくなるくらいだ。


「ナツ」


当初の目的を果たすべく、ナツの意識をこちらに向けた。不思議そうな顔をして見上げてくるナツの、柔らかそうな唇に視線が行ってしまう。どくりと音を立てる心臓と、掌に噴き出る汗が、柄にもなく緊張しているのだと伝えてきた。

引き寄せられるように目を細めながら、グレイは徐々にナツの唇に自分のそれを重ねようと近づいていく。

夕日で地面に映し出された二人の影が重なろうとした、その瞬間。


「……っ、……っ!!!」


声にならない叫びを上げたナツの声を聞いた瞬間、かち割れるかと思う程の痛みが頭を揺らした。


「何しやがる!!」

「そりゃこっちの台詞だ!痛っ〜」


重なる筈だった唇は無情にも引き離され、二人の額で赤い痕がひりひりと痛みを走らせた。重なる瞬間、ナツが強烈な頭突きをしてきたのだ。走る痛みに眉間に皺が寄る。二人して額を押さえながら、ナツは涙目になっていた。


「何だよキスくらい、いいじゃねーか!」

「き、キ…ス…っ!?」


見ているこっちが恥ずかしくなるくらいにかああ、とナツ頬が赤くなる。言葉を言うのすら恥ずかしいのか、先ほどまでの勢いはどうしたと言いたくなるほど大人しくなるナツに、グレイは目を丸くした。


「ば、ばか!き…す、なんてまだ早いだろ!」


いやいや、遅い位だと思うんだが…!と言いたくなるのを必死に飲み込んだ。2か月待ってキスがまだ早いなら、その次の段階はどれだけ先になるのだと考えると目の前が真っ暗になる。
こうなったら、とグレイは戸惑っているナツを腕の中に抱きこんだ。途端に暴れられるが、根気よく抱き続けると恥ずかしそうに俯いて大人しくなる。


「いいかナツ、目ぇつむってろ。そしたら恥ずかしくも、怖くもないだろ?」

「んなこと言ってもよ……」


ナツが、やっぱりやるのかと戸惑いの眼差しを送ってくる。不安そうなのを見ていると、どうしても可哀想になってくるのだが、ここでお預けされたら自分も大概哀れだと思う。
ナツ、と名前を呼べば仕方なさそうに目をつむる。

頬に触れた手を下に持っていき、顎を掴むと僅かに顔を上げさせる。キツク閉じられた瞼が可愛くて、そこに口づけを落とすとピクリと震えた。


そして、ゆっくりと唇を合わせようと―――


「ナーツー?」


触れ合う直前、うっすらと目を開けていたらしいナツが、手で唇を遮っていた。恨めしげに響いた声に、気まずそうに眼を逸らしている。


「やっぱり、やめね?」


恐る恐る覗き込むように上目遣いで言いながら、その間も手に力を込めて離れようとする。
照れからくる行動だとはわかるし、そんなところも――


「んなとこも可愛いんだけどよ」


何が、と目を丸くするナツには、グレイの中でどんな葛藤があったのか知るはずもない。口にあてられていたままの手を掴んでずらすと、そのまま文句を言う隙も与えずに柔らかな唇に自分のものを重ねた。


「んっ……!?」


何が起こったのか理解できてないのかもしれない。ナツが固まったままなのをいいことに、啄ばむ様に何度も口づけた。初めて感じるナツの唇は、しっとりとしていて柔らかくて、例えるなら子供みたいに暖かった。ちゅっ、と何度も音を立てては離れて、弾力のある唇を思う存分味わう。夢中になりそうだ。

ずっと続けていたいと思うのを必死に堪えて唇を解放する。そして、最後の仕上げとばかりに、目を丸くしたままのナツに見せつけるように自分の唇を舐めた。唇に残った余韻ごとすべて味わう様に。


「ごちそうさん」


目を見開いたまま、呆然としているナツをにやにやしながら見つめていると、ようやく気付いたのか恐る恐る自分の手を唇に持っていき、面白いくらいに震えだした。


「ひ、ぎゃあああ!!」


火を噴きそうなくらい顔を赤くしたナツが、悲鳴を上げながら腕の中から出ていこうとする。引きとめたら確実に攻撃されるだろうな、と予測して素直に解放すれば、そのまますごい速さで公園の外へ逃げて行った。

子供のような反応にくつくつ笑いながら、後を追うべく足を動かす。


「待てよナツ!」

「こっち来んなぁああ!」


ナツの後ろ姿を追いながら、通行人の視線を集めつつ、あとはどうやって慣らしていこうかと締まらない顔で思案したのだった。






END







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