FT短編

□欲しかったものがある
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出会った時、すでに君は彼のモノだった。

















***
















もう少し早くナツと出会えていたなら――。



そんな事を思っても仕方のない事だ。



ナツを好きになった自分は、自分でしかない。つまり、記憶のない自分だ。ナツと出会わなければ記憶はあるままだし、それは結局今の自分ではない。ナツと闘って、負けて、そこに今のジェラールがいるのだから、そんな事は思う事自体無駄なのだ。

けれど、昔の最低なジェラールも、ナツを好きになっただろうか。あの暖かい笑顔を見れば、もしかしたら好きになっていたのだろうか。罪を犯さずに済んだのだろうか。しかしそんな事を思っても、やはり無駄でしかない。

ナツはジェラールを許してくれたが、罪を許したわけじゃない。だから、どう足掻いたって好きになってくれる筈がないのだ。こんな汚れた自分を。そんなことは分かっている。


ナツに想いを向けたその時には、もう既に他の人間に奪われた後だった。


氷の魔導士の隣にいるナツは、とても幸せそうだった。特別な笑顔をその氷の魔導士にだけ向けていた。ジェラールには決して見せてはくれない表情で、ナツは笑っていた。幸せそうに。


それでもジェラールはナツの事が好きだった。傍にいてほしかった。その笑顔を隣で見せて欲しかった。どうしても、諦めることなどできなかった。





結局、罪に染まったこの手を伸ばす事はできなかったのだけれど。





***





「―――ール……ジェラール」


耳障りのいい声が、ジェラールの鼓膜を振動させた。ゆっくりと浮上した意識は、視界の端に桜色を捉える。その色を持つ存在を、ジェラールはたった一人しか知らない。


「……ナツ」

「もう夕方だぞ。いつまで人の膝の上で寝るつもりだ」


半眼で見降ろすナツに「すまない」と言うが、その場を退く気は今のところなかった。頭の下にはナツの太ももがあって、それは暖かくて酷く寝心地がよかったから。


「もう少しだけ、駄目か?」

「だーめー。さっさとどかねーと膝ずらすぞ」

「それは嫌だな…」


屋上の堅いコンクリートの床に頭をぶつけるのは流石に勘弁願いたい。名残惜しく思いながらも、ジェラールはゆっくり上体を起こした。熟睡した名残で軽く欠伸をすると、じっと見つめてくる視線に気付いて、そちらに視線を向ける。


「その、またやってやるから……」


そこには明後日の方向に視線をずらしながら、照れくさそうに赤い頬を掻く、愛しい恋人の可愛らしい姿。それに頬を緩ませると、ジェラールはその頬に口づけた。


「じゃあ、明日も頼む」

「……気が向いたらな」


ナツはそう言うが、きっと頼めばやってくれるだろう。そんな所を知っているから、余計に可愛くて仕方ないのだ。


「愛してる、ナツ」

「なんだよいきなり」


昔、遠くからしか見る事が叶わなかった笑顔は、今はこの腕の中。

罪に染まっていないこの手を伸ばすことに、何も迷う事はなかった。


(今度は俺が幸せにするから)


だからずっと傍にいてくれ。














title/ヨルグのために


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