FT短編

□深夜の来訪者
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ジェラールが妖精の尻尾に加わってから暫らく経つ。

記憶喪失以前とは打って変わって、その性格は丸くなっていた。否、それは語弊があるかもしれない。エルザの話から想像するに元の性格に戻ったと言うべきだろう。

元々は敵でありながら驚くべき早さでギルドに溶け込んでいくジェラールに対し、ナツは最初こそ少なからず警戒心を抱いていたが、今ではそれは全くないといっていい。エルザを泣かせた過去があっても、その分だけ今は笑顔を与えてもくれているから。


だから、ナツはジェラールを仲間として受け入れていた。


どんな仲間たちにも、平等に笑顔でなんの蟠りもなく接するジェラール。
なんの不安もなくギルドにいるように見えるが、ジェラールの抱えているものをナツだけは知っていた。








***








夜も遅くなってきたころ、自宅に戻っていたナツは玄関のドアがノックされる音を聞いて溜息をもらした。時間も考えずに訪れる来訪者の事を考え、開けるか開けまいかいつも悩む。

しかし悩むのは一瞬で、一度のノックで沈黙するドアの向こうの男のことを思うと、どの道開けてしまうのだけれど。


「ジェラール」


ドアを開けて俯きがちに立っていた男の名前を呼べば、ほんの少し顔を上げて暗い顔で微笑んだ。自分よりも身長の高いジェラールが俯いていても、少し覗き込めばその表情は丸見えだ。昼間の明るい表情とは一転して、仄暗い雰囲気を漂わせながら、ジェラールはナツの家に上がりこんだ。


「……ナツ」


安心したように名を呼びながら、ナツを抱きしめてくる。腰に腕を回され、抱きこむように頭に手を差し込まれれば、自然とジェラールの胸に身体を預けるような形になってしまう。最近では慣れてしまい、抵抗も無駄とわかっているので、ナツは諦めかけていた。


「また眠れてないのか?」


ジェラールは返事をするのも億劫だと言うようにこくりと頷いた。

顔を上げてジェラールの目元を見てみれば、深く刻まれた隈が縁取っている。昼間は魔法で誤魔化しているのか、その端麗な顔保たれていたが、ナツが今見ている顔はそれはもう台無しだ。

今尚抱きしめている身体が徐々に重心が傾いているのを感じて、ナツは仕方なく「腕、」と言う。それだけで伝わったのか、ジェラールはナツの首に凭れるように腕を掛けた。

ナツも力はあるが、自分よりも長身の男は酷く運びにくい。何故こんなにもこの男に心砕いているのかと言えば、六魔との戦いのときの借りがあるからだ。しかしこういうことが何度となく続いているため、いい加減借りなんて返していると思うのだが、弱り切った姿を見せられると断ることができない。結果、なんでこんなことをやっているんだろうかと自分でも疑問に思うってしまうのは仕方がないと思う。

乱暴ともいえる動作でベッドに放りこむと、毛布を掛けてやる。ベッドに放置されたジェラールは今にも眠りそうな眼で見上げてきた。


「ナツ」


大きく手を広げられ、何かを訴えるように見てくる瞳と目が合って「う」と呻く。子供のような動作に、ナツはそれはもう深い溜息を吐いて、その腕の中に飛び込んだ。すると、当然のように腕は背中に回って抱きしめられる。


「くすぐったいから……それ、やめろ」


首筋に顔を埋められ、匂いを嗅ぐように鼻先を埋められると、吐息が掛ってぞわぞわしたものが這いあがってくる。

止めろと何度も言っているのに、止めようとしない。


「いい匂いがする……こうしていると、落ち着くんだ」

「ったく……」


もう何を言っても無駄だと、ナツは諦めて好きなようにさせることにした。

しかし、まるで聞き分けのない困った子供の様で、ほんの少しだけ微笑ましくも思う。あながちこの捉え方は間違いないのだと思う。


ジェラールは子供だ。身体だけ大きな子供。
記憶を失くした分退行してしまっていたのだ。誰も気づいていない理由は単に元々大人びた子供だったということと、それを気取られないほどの演技力を併せ持っているからだろう。


「まだ見るのか?」

「……ああ」


辛そうに眉を寄せて頷くのを見て、ナツはジェラールの頭を抱えるように抱きこみ、その深海の色をした髪をそっと撫でた。さらりとした感触が指を滑って、心地よさそうにジェラールは瞳を閉じる。

眠ると恐ろしい映像が頭を流れるのだと、ジェラールは言った。

それが記憶の断片だと本人は気づいているようで、泣きそうな顔をしていたのを思い出す。怖くて眠れないと言ってきたのはいつだっただろうか。


「傍にいてくれ」


眠るまで、眠ってからもずっと、と言われナツは困ったように眉を寄せた。ジェラールとこんな風になってから、いつも思う。


―――俺なんかのとこより、エルザの所に行けばいいのに


それを伝えればジェラールは、エルザにはこんな情けない所を見られたくないのだと言った。女性の柔らかい腕の中の方が落ち着くだろうに。ジェラールはナツから離れようとしない。

よくわからないが、ナツがいるとその記憶の断片を夢見る事がないらしい。だからぐっすり眠れると。体のいい睡眠薬兼抱き枕にされているよで少し気分が悪い。


「しょうがねぇな……早く寝ろよ」


そう言えば本当に嬉しそうに笑うから、ナツはいつも仕方ないと思ってしまうのだ。


「ありがとう」


安心したように更に強く抱きしめられ、ジェラールはそれきり言葉を発しなかった。
ナツは寝息を漏らすジェラールの頭を撫でながら、「おやすみくらい言え」と呟いたのだった。







END










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