FT短編
□考えるより気持ちが大事
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ジェラールと、いわゆる恋人同士というものになってから暫く経つ。
だからと言って特に二人で何をするでもなく、同じ仕事に行ったり、ギルドの中で一緒に過ごしたり、共にいる時間が少し長くなったくらいだったが、それでもナツはとても幸せだった。
以前は影のあった笑顔も、今はすごく優しく笑ってくれるようになって、それを見るだけでナツは胸が暖かくなる。ギルドにいる時の楽しさ。仕事に行った時の胸躍る感覚。そういったものとは全く別なものをジェラールは与えてくれる。
一緒にいるだけで、本当に幸せだと思った。
「ねえナツ、あんた彼と付き合ってるのよね」
「ん?お、おう……」
彼、とは言わずもがなジェラールの事だろう。改めて付き合っているのかと他人に指摘されると気恥ずかしく、少し頬を染めながらも頷いた。それに「可愛い」、とルーシィが言ってきて、ナツはファイアパスタを咀嚼しながら顔を背けた。
「いいなあ、あたしも彼氏ほしーなー」
「ジェラールはやんねーぞ」
「いらないわよ。馬に蹴られたくないし」
はあ、とルーシィが溜息を吐く。その思い詰めた様子に、そんなに彼氏が欲しいのかとナツはしみじみ思った。そう言えば、アクエリアスに度々彼氏のことで言われていたと思いだして同情する。よっぽど焦っているんだろうとは思うが、ジェラールはダメだ。
「本当に好きなのねぇ」
意味あり気な視線を送られたが、食べる事にに夢中で気づかなかった。ところで、と言われてようやくルーシィへ視線を戻す。
「あんた達どこまで進んでるの?もう最後までやっちゃった?」
「最後までってなんだ?」
質問の意図がわからず、ナツは目を瞬かせる。そんなナツに、ルーシィは目を丸くさせた。
「またまたぁ!隠さないで教えてよっ」
「いや、だから最後までって何」
隠すも何も、ナツは隠し事などしていない。というかルーシィの問いかけの意味がわからないのだ。
「だからそのー、キスとかよ」
「きす?……バカだなルーシィ!キスは男と女がやるもんだろ!なんで俺とジェラールがするんだよ」
キスは男女がやるものだということをナツはちゃんと知っていた。映画魔水晶で見た時も、たまに人目も憚らずに道端で見てしまった時も、全部男女でしか見た事はない。
「え、と…ちょっと待ってね。ねえ、あんた達ちゃんと付き合ってるのよね?」
「ああ、さっきも言っただろ。何言ってんだよ」
「待って!じゃあ、普段一緒に何してるの?」
「何って、仕事行くだろ?あとは飯食ったり、一緒に買い物行ったり、」
散歩に行ったり、あと――と続く言葉に、ルーシィが机にとっ伏した。
「あんた、それ恋人同士って言わないわ!」
***
恋人とは言わない―――そうルーシィに言われて、ナツは思い悩んでいた。
じゃあ、恋人同士って一体何なんだ?そう聞けば、ルーシィは色々とレクチャーしてきて、ナツはそれを大人しく聞いていた。手を繋いだり、キスをしたり、一般的に男女ですることだと思っていた事も、恋人ならば性別は関係ないのだと。
しかし、ナツはジェラールと手を繋いだことも、キスをしたこともない。
そもそも、自分達は本当に恋人同士なのだろうか。少なくともナツはジェラールを恋人だと思っていたが、もしかしたらジェラールは違うのかもしれない。自分はジェラールを好きだし、ジェラールも好きだと言ってくれた。だけど、それだけだ。
ジェラールにとっては友達――仲間としての好きだったのかもしれない。ただ、自分が勘違いをしていただけで。
そう思うと、鉛が入ってきたかのように、胸の中が苦しくなった。
「ナツ、どうした?」
「あ、や、何でもねーよ」
隣を歩いていたジェラールが、ナツの様子を訝しんだのか覗きこんでくる。それにはっとして、ナツは悟られないように笑って誤魔化した。
こうして気遣ってくれるのも、きっとジェラールにとっては当たり前のことで、別に恋人だからという理由じゃない。
ふと通りを見渡してみれば、目につく恋人同士と思われる男女の姿。その様子は多様だが、やはり仲睦まじく手を繋いだり、身を寄せ合っていたりしていた。
(俺も手、繋ぎたい……)
歩く速さを気持ち落として、恐る恐る手を伸ばす。緊張して手が汗ばんでいる気がするが、そんなことを構っていられる余裕はなかった。指先が、ジェラールの手に触れる寸前――
「あそこに寄ってもいいか?」
「え!?お、おう!いいぞ!」
店の方角を指す為に離れていってしまった手。すっかり行き場をなくした手は慌てて隠すしかなかった。
汗ばんでいた手に風が吹きつけて、ほんの少し冷たい。その冷たさが、ジェラールの気持ちなのではないかと思うと、今まで幸せだと思っていた事が、一気に色褪せていく気がした。
―――寂しい
傍にいるのに、ジェラールが遠い。
「ナツ、やはりどこか具合が悪いのか?だったら、今日はもう――」
急に立ち止まってしまったナツにジェラールは声を掛けた。いつも明るく立ち回っているナツが項垂れているからだろう。心配そうに眉を寄せていた。
「なあ、ジェラールは俺のこと、好きか?」
ジェラールにしてはきっと突飛な質問だっただろう。自分でも分かっているが、それでも聞かずにはいられなかった。好きだと言ってくれたのはジェラールで、ナツもジェラールのことが好きだと答えた。それで、自分は付き合っているものだと――恋人同士になれたのだと思ったけれど、ジェラールは違うのかもしれない。ただの、友人としての好きだったのだとしたら、自分はとんでもなく大間抜けだ。
ジェラールの顔を見るのも答えを聞くのも恐ろしく感じて、ナツは俯いていた。
「俺は、」
やっぱり聞きたくない。今すぐ耳を塞いで、逃げ出したい。
けれどそんな時間はなくて、ジェラールの声はナツの意思に反してすぐに耳に入ってきた。
「ちゃんと――ナツのことが好きだ」
雑踏の中、低く響く甘い声。
とん、と軽い衝撃を感じて、何かに包み込まれた。それがジェラールの腕で、その中に自分がいるのだと間を置いて気づく。
「すまない、不安にさせてしまったんだな」
「……―――ごめん。疑っちまった」
ジェラールの匂いと、好きという言葉が、ナツの中にあった不安をすべて溶かしてしまうようだった。それと同時に、ジェラールの気持ちを疑ってしまった罪悪感が生まれてくる。
「いいんだ。俺もこういうことは初めてで――その、どうすればいいのか、」
そうか、ジェラールは記憶がないから――。
ナツはそのことをすっかり失念していた。ナツ自身、恋人なんてジェラールが初めてで、何をすればいいのかなんて知らなかった。ジェラールも同じだったのだ。
もっとも、ジェラールにはナツと違ってそういった知識はあったのだが、タイミングなどを計りかねていただけとは知らない。
けれど、すごく大事にされているのだということは分かって、ナツは胸が温かくなっていくのを感じていた。
「ジェラール、俺も大好きだ!」
自分達は自分達のペースで進めばいい。なにも焦る必要はないのだ。ジェラールは自分の事をちゃんと想ってくれているのだから。
***
今日もいつもと同じように、ジェラールの隣で食事を摂る。
――俺は、ちゃんとナツの事が好きだ
昨日の事を思い出して、堪らず頬が緩んでしまう。やっぱりジェラールと一緒いにいると、胸の中がほかほかしてきて幸せな気分になる。
「なあジェラール!」
「ん?」
ジェラールが振り向いた瞬間、ナツは少しだけ背筋を伸ばして、その頬に口づけた。ちゅ、と音を立てて離れていくナツに、ぽかんと間の抜けた表情をしているジェラールを一瞥し、そのまま頭を肩に乗せて悪戯っぽく笑う。
「ナツ」
不意に降りてきた声にナツが視線を上げると、頬に濡れた感触。すぐに離れて行ったそれが何なのか理解して、ナツの顔は火が噴き出るかと思う程赤くなった。
あんまり恥ずかしくてナツは俯いたまま顔を上げる事ができなかった。その上で、片割れが同じ様に顔を火照らせている事など分かるはずもなく、そんな初々しい恋人たちを、ギルドの仲間たちは生温かい目で見守っていたのだった。
END
瀬戸さまへ捧げます!意外と初心なジェラールにもだもだするナツ……になってましたでしょうか!?いつでも書き直しますので!暑苦しいくらいたくさん気持ちは入ってますっ←迷惑
相互ありがとうございました!