FT短編

□朝顔に恋をした
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その日の目覚めは実に清々しいものだった。
時計を見ると、いつも慌てて起きる時間より短針が二つも前にある。窓の外から入ってくる光がベッドに優しくかかっていた。なんとなく、見れて得した気分だ。
余裕があるため鼻歌を奏でながら学校の支度をして、朝食を食べてすぐ家を出た。小鳥達のさえずりがどこか近い。
いつも遅刻ギリギリだと慌てて家を出る自分が酷く勿体無く思えた。ただ早く起きたというだけなのに、世界が違って見える。いつもと同じ通学路なのに、朝日のせいかいつもよりキラキラと道が光っていた。
口元を緩ませながら、上で飛び交う小鳥を眺めてゆっくり歩く。周りが住宅地なので自分の音しかしないのが新鮮で、わざと踏みしめるように進んだ。
すると。
自分以外の足音が聞こえた気がしてハッと意識を前方に戻す。
そうしてもう一人の存在に気付いた瞬間ーーー瞳が合った瞬間に、彼らは出会いを果たした。






なんかおかしい。
ルーシィ・ハートフィリアはそう確信する。
彼女には多くの友人が居たが、その中でも特に異彩を放つ人物がいる。彼の名はナツ。ルーシィが知る限り最も馬鹿で単純な男だ。情に厚くて腕っ節もよく、明るく気さくで話しやすい。突拍子のないことばかりしているナツと一緒にいるのは楽しくて、ついつい騒ぎを起こす友人を止められないでいる。
そこそこ長い付き合いをしていると思っていたのだが、ルーシィはそんなナツの、ここ最近発見した新たな一面に戸惑いを隠せなかった。

前述した通り、ナツという男は放って置けばすぐ問題を起こすような騒がしい奴なのだ。笑いが耐えない彼に救われたことも少なくないルーシィは、このところの彼の様子に首を傾げる。
二週間、いやもっと前からだろうか。ナツは気が付けば溜め息を絶やさないようになってきた。
ふとした瞬間に吐かれるその息は、日を追う毎に重くなってきている気がする。
今もそうだ。
窓際の日当たりの良い席で頬杖をついて、窓の外に思いをはせるように溜め息をつく姿にルーシィはドキリとさせられる。席替えの時に良い席が当たったと、居眠りし放題だとはしゃいでいたのが嘘の様にナツは威勢をなくしていた。
おかしい。
絶対におかしい。

ルーシィはなんとかしてやりたかった。こんな風に元気のない彼は珍しくてどう対処すればいいのか悩む面も勿論あるが、ナツの様子からなんとなく察することもあるのだ。それは女の勘というものに過ぎないけれどーーーそれでも、ナツの笑顔を見たい。

「ナツ」
「ん、あ?ルーシィか。次って特別教室だっけ?」
「………次はもうお昼よ」
「え」

あのナツがお昼の昼食タイムまでを素通りなんて。
これはやはり、放っておける事態ではない。

「…ねぇナツ、なんかあったの?」
「ん?…いや、なにも」
「本当に?じゃあ最近朝早いのはなんで?」

昼食と聞いて慌てて鞄の中を探るナツに、ルーシィはずっと尋ねたかったことを口にした。
ルーシィが異変に気付いたのは、今まで遅刻ギリギリだったナツがいつの間にか自分より誰より早く学校に来ていることに気付いたからだった。なんでだろうと思いつつ、たまたまだろうと片付けた。だが最初にそれがあってから今日まで、なんとその奇妙な行動は続いている。
これだけは聞かなきゃと思っていた。
一方尋ねられたナツは一切の動きを止めていた。まさか、ルーシィが気付いているなんて思ってなかっのだ。寧ろ誰にもバレている訳がないと思っていた。

「ねぇナツ」
「……、あ、朝顔がさ」
「え?」
「咲くから、見たくて、つい早起きして…」

苦しい、とナツは思ったがそんな理由しか思いつかない。その理由は自分への言い訳にも使っているものだった。
幸いルーシィはすぐに引き下がってなぁんだと息を吐く。

「っ、じゃあ俺、購買行ってくっから!」

その場から逃げ出すように教室から出ていったナツを見届けて、彼の前の席に腰かけていたルーシィははぁと外に視線をやる。苦し紛れに言われた理由が真実ではないことに気付いては居たが、そうナツが言うのならルーシィはそれ以上踏み込むべきではないと思った。
それに、あの立ち去る時の赤い顔。
無自覚かそうでないかは分からないにしろ、初めての体験をしているだろう彼をからかうにはまだ時期尚早な気がする。そこまで酷ではない。
本当にそうかは判断材料が少な過ぎると言うのに、ルーシィは最早自分の勘が命中してることを疑わなかった。
最近奇行ばかりのナツは、恋をしているに違いない。きっと恐らく、人生でも初めてのーーー初恋を。
相手が誰かは流石のルーシィも知りはしないが、友の初々しい恋を密かに応援する。
だって、可愛らしいではないか。

「相手は、朝顔ねぇ…」










(絶対言えねぇ…!!)
逃げるように、実際逃げてきたナツは熱くなる顔を誤魔化すために早歩きで購買に向かっていた。
ルーシィに妙に思われていたとは思わなかった。いやでも自分でも変に思っていたのだから、周りから見ればそれは顕著だったのだろう。
最近のナツの朝は早い。
別に誰に強制された訳でも、なにがある訳でもない。だがナツは出来るだけ最初に早起きした時間に起きて家を出るようになった。
なんの為に、と自分で何度問答したか。
その度にナツは、先程ルーシィに言った通りの、苦しくて仕方ない理由で紛らわした。朝顔は実際咲いている。誰の家かも分からない庭からにょきっと顔を出した朝顔が綺麗に咲いているのだ。
それを見るのも勿論楽しみではあるのだが、ナツにとって認めたくないことにこれは建前というものであって、本当の所といえば。

(…あいつ、早起きだよなぁ)

名前は知らない。
学校は、確か隣町にあるところだ。制服がそれだったのと、方向も合致するので正解だと思う。
年は、多分同じか一つ上。もし留年してるならそれ以上ってとこだ。
性格は話したことがないから知らない。でも早くに学校行ったり、それがずっと続いてることからきっと真面目ではあるのだろう。
幾つか特徴をあげてみるものの大概が知らないことばかりだ。
そんな相手とすれ違う数秒のために、早起きしてるなんて。

(言える筈がねぇ…!)

我ながら意味が分からない。気持ち悪い。でもやめられないのは、一瞬かち合うあの瞳をまた見たいと思ってしまうから。
訳が分からない程に、素性も知らない彼のことが気になった。
そもそもの出会いが偶然の産物であったことから、また会う為にどうしたら良いのか自分で考える必要があった。それで、同じ時間に同じ場所を歩くよう思いたったのだ。ナツはどこまでいっても単純でしかなかったが、学校がある日を抜かせば毎回のように彼とすれ違っていた。

(声、どんなんかなぁ)

気にする必要のないことまで気になってしまうその理由を、探すのは少し怖かった。








雨が降りそうだと、窓の外を見てげんなりする。
ここのところ快晴ばかりで雨なんか久しく見ていなかった所為か、反動でそれはもう分厚い雲が空を覆っていた。溜まりに溜った雨が一気に降り注がれるのを今か今かと心待ちにしているようだ。

「…俺傘ねーのに」
「ナツ…今日は雨降るってテレビでやってたわよ」
「今日はギリギリだったんだよ」
「?今日も早かったじゃない」

彼が来る時間に間に合わないかと思った。そういう意味でのギリギリだったが、ルーシィは知らないので首を傾げていた。
あぁだから彼は傘を持っていたのかと今朝のことを思い出す。後ろの髪がぴょんと跳ねていて、寝癖だろうかと隠れて笑ったのだった。

「傘貸そうか?」
「それだとルーシィが濡れるだろ。いーよ俺は、降ってきたら走るし」

そう言って学校を出て別れた二人は帰路を歩む。どんより曇って、湿った空気を感じてすぐにも降りそうだと空を仰いだ。濡れるのは勘弁したいなぁと思ったところでポツリと軽快な音が嫌に大きく聞こえた。

「げっ!まじかよ!」

思わず近くのスーパーマーケットの屋根下に入る。
途端に勢いよく降り始めた雨に驚いた。間一髪、だったが現状の打開策はない。傘は持ってないし、雨は止みそうにない。どうやら自らこの土砂降りの中に飛びこまなくてはならないらしい。
一つ溜め息をついてナツは雨を睨んだ。そして、視界の端に映ったあり得ない人物に今度こそ言葉も出ないくらい驚かされた。

「あ、お前…」
「っ!?」

あいつだ。
あいつ。あの、朝早くに学校に向かうあいつ。ナツが会いたくて、自分の品行を正してまで一目見に行くあいつーーー。
朝にしか会えないと思っていた、彼が居た。

「……、傘ねーの?」
「え、あ、う、…忘れた」
「…入れてやろうか」
「え。あ?う!?」
「家、大体同じ方向だろ」
「な、なんで知って」
「!や、えーと、ほら、朝見かけっから、その」

ナツは話してる内容にも十分驚いたが、話せていることに言いようのない思いを抱いていた。こんな声をしているのか。低音で少しかすれた声は優しくて、心にまで響きそうだ。
こちらが一方的に追いかけてるとばかり思っていた彼が、自分のことを知っていたなんて。
何故か上がる体温を誤魔化すために、ナツは口を開いた。

「お、お前は家、あっちだろ。なんでここ、に…」
「なんでって、買い物してたんだけど………お前俺のこと知ってんの?」
「あ、朝!最近、見るから」
「あぁ…」

まぁいいや、入ってけよという優しい言葉に歯向かうことは、ナツには出来なかった。
すれ違うだけの二人が、並んで歩いているなんて。しかもこんなにも近い。心臓が壊れそうだ。

「なぁ」
「っ!」
「お前名前は?」
「…な、んで知らねー奴に」
「俺、グレイな。これで知らねー奴じゃなくなったろ」

ニッと悪戯が成功したように笑う彼ーーーグレイを認めて、ナツは下唇を噛んだ。
思っていたよりも取っ付きやすい。優しい。どこか意地悪だ。
どうしようもなく心臓が跳ねる。グレイの後ろ毛は跳ねたままで、まるでナツの浮足立つ心を表してるかのようだ。
どうしてなんだろう。
やっとのことで名前を知れた相手だと言うのに、話したのは初めてだというのに。
瞳の強さが焼き付いて離れない。

「な、ナツ」
「………お前の名前?」
「…おう。ナツってんだ」

雨音は確かにするのに、グレイの声だけが優しく届いた。
よろしくな、と言われた気がしてこくんと頷く。それくらいしか出来そうになかった。

「あ、俺んちここ」
「えっ」
「傘はそのままやるよ」
「な」

気付けばいつもの住宅地の道に入っていて、ある一軒家の前でグレイは立ち止まると傘をナツに押し付けた。
このまま、また朝にしか会えなくなってしまうのか。

「か、返す!」
「え?」
「返しに行く!また…明日、とかに」

ーーー明日は、土曜日だった。
学校はない。だから、朝会うこともない。
だけどナツは、グレイを知ってしまったから。
明日も会いたいと思ってしまう。

一生懸命食い下がろうとするナツにグレイは笑った。それがナツの、初めて見た笑みだった。

「待ってる」














こうして、二人は二回目の出会いを終えた。
実はナツもグレイも、互いに会う為だけに早起きしていただとか、初めの出会いはそれこそ偶然が重なり過ぎたものだったとか、そんなことはまだ知る必要のないことだ。



咲き始めたばかりの赤い花が、朝露に揺れた。








#朝顔に恋をした












すす素晴らしすぎるうう!!頂き物ですっ!リク通り過ぎてびっくらこきました!瀬戸様に私の脳内を見られてしまったような気が……!ありがとうございます!『グッバイメルシー!』の瀬戸様から頂きましたっ^^





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