FT短編

□溶解する感情
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深夜の来訪者過去編










はっきり言ってジェラールに対する蟠りが完全に解けたわけじゃない。未だに過去の事を完全にぬぐい去ることが出来ないのだ。でも直接被害を被ったエルザが許しているのだから、ナツも食って掛かることはしなかった。

ただほんの少し疎遠なだけで。


「ナツ」


クエストに向かおうとギルドを出た時だった、後方から聞き覚えのある声に呼び止められて、ナツは足を止めた。


「仕事に行くのか?」

「おう、魔物の討伐20万J!あ、渡さねーぞ!」


まさかジェラールもこの仕事を狙っていたのだろうかと思って、ナツは慌てた。結構割のいい仕事だったから、皆がやりたがっていた所を勝負で勝ったナツが行く事になったのだ。因みにいつも行っているチームメンバーは今回散り散りになっているため一人きりで。

ナツの様子に苦笑しながら、ジェラールが一言違うと口にすると、ほっと胸をなでおろした。


「その、よかったら……」

「ん?」


遠慮気味に言うジェラールにナツは首を傾げた。どうしたんだろうか。


「一緒に行ってもいいか?」

「へ?」


思ってもいなかった誘いに、ナツは口を開けたまま固まった。そんなナツの様子を拒否の意味に取ったのだろうか、ジェラールは少し寂しそうに笑って、駄目ならいいんだ、と小さく呟く。


「いや、別にいいぜ。いいんだけどよ……」

「そうか。なら、準備してくるからちょっと待っててもらえないか」

「――おう。早くしろよな」


俯きがちだった顔をぱっと上げた時の表情が嬉しそうだったから、何も言えなくなる。色々と疑問は残るものの、とりあえずジェラールの支度が整うのを入口で待つ事にした。




***




「う〜……」


例のごとく、動き出した列車の中でナツは悶え苦しんでいた。ジェラールの向かいの席に寝そべりながら、気を抜くと胃からせり上がってきそうになる内容物と戦いを繰り広げるのだが、いつも接戦だ。眠ってしまえばまだ楽なのかもしれないが、あまりの気持ち悪さに眠ることすらできない。


「大丈夫か?」

「………し、ぬ」


この状態で大丈夫と言えるほど気丈ではない。乗り物はナツにとっては史上最大の天敵なのだ。唯一乗り物酔いを直してくれるウェンディがいたなら、早速トロイアをかけてもらうのだが、彼女はいない。


「すまない。俺は乗り物酔いを治せるような補助魔法は使えないんだ」


もう言葉を紡ぐ気力もないが、しゅんと項垂れているジェラールを見ていると何か言ってやらないといけない気がする。

ナツが乗り物に弱い事はギルドの中では周知の事実だ。きっとジェラールも知っていただろうが、まさかここまでとは思わなかったのかもしれない。それほど筋金入りの乗り物酔いなのだ。誰もどうすることも出来ない。

だから、何もジェラールが落ち込む事はないのだ。そう言いたいのだが、やはり言葉になるのは意味のない呻き声だけで。
ふぅと深呼吸して、大丈夫だから心配すんな、という意味を込めて笑った。

そうするとジェラールの青い瞳が一瞬見開かれて、すぐに優しく細められた。すると、ジェラールの手が伸びてきて、そっと額に乗せられる。僅かに冷たく感じるその手が心地よくて、ナツは目を閉じた。



「おやすみ、」と声が聞こえたのを最後に、ナツの意識は途絶えた。



さらりと頭を撫でるジェラールの手を感じながら。



***



「お、おおお、すっげえ!もう着いたのか!」


次に目を覚ました時には列車は目的地に着いていた様で、苦笑するジェラールを傍目にナツは驚きに目を染めた。どうやらジェラールが催眠魔法をかけてくれたらしい。まるでミストガンが来た時のように驚くほど熟睡できたことにナツは感動した。おまけに頭が痛くなるなどの後遺症もない。


「さんきゅー!帰りも頼むな!」


ちゃっかり帰りの約束も取り付けて、ナツは満足げだった。こんなにスムーズに移動できたのはウェンディがいるとき以来なのだから仕方ない。


「役に立てたなら良かった」

「おう、助かった!」


ナツはすっかりご機嫌だった。ギルドを出る前まで燻っていた思いも、驚くほど小さくなっている。役に立ったことがそれほど嬉しいのか照れくさそうな顔をするから、ナツもまたとびきりの笑顔を向けた。


「どうした?」


一瞬、ジェラールが間の抜けたような顔をしたから、ナツは問いかける。


「いや……なんでもない」


ナツが声を掛ければ気づいたように足を動かして、早く行こうと急かされた。それをほんの少し不審にも思ったが、あまり気に掛ける事もなく、ナツもまた依頼のあった場所に向かって進み出した――のだが。


先ほどから遠慮しているのか何なのか、ジェラールの立ち位置に疑問を覚えてならない。


いつものチームだったら、人数も多いため後ろを歩かれても大して気にならないが、今は二人だ。二人の仕事なのに、まるでお付きの人のように一歩斜め後ろを歩かれると、気になって仕方ない。


「なあ、隣歩けよ」

「……いいのか?」


ナツは、そのジェラールの言葉に眉を寄せた。何もナツは隣を歩くなとか、離れてろ、などということは一言もいっていない。ジェラールの言葉は、まるで隣にいられるのをナツが嫌がっているようだ。


「俺、そんなにお前の事嫌いじゃないぞ。だからあんまし遠慮するなよな」


ゆっくりとした足取りでナツの隣にきたジェラールに言えば、少し目を丸くした。そんなに意外な言葉だっただろうか。


「――ナツは、俺のことを嫌っているとばかり思っていた」


その言葉に、今度はナツが目を丸くする番だった。


「俺は、ナツにも君の仲間にも酷い事をしたから、絶対に許してはくれないものだと……」

「ばっかだなあ、お前」


ナツは足を止めて、ジェラールの言葉を遮る。


「俺言ったよな。本当の罪は、眼をそらすことだって」


六魔との戦いでジェラールが与えてくれた咎の炎を口にした時、自分は確かにそう言った。記憶をなくして、犯した罪を忘れてしまった事に怒りも覚えたが、妖精の尻尾に入ってからのジェラールの様子を見ていて気づいた。

ジェラールはちゃんと自分がした事に向き合っている。

だから、ナツが許すとかどうとかいう問題ではないのだと。


「お前はちゃんと、自分がした事に向き合ってるからな。それにエルザの事は置いといて、お前が俺にしたことは、もうとっくの昔に許してるよ」


口に出したことで、ナツの中でジェラールに対する認識が確実なものになった。そう、自分はもうとっくの昔に許していたのだ。ジェラールは―――仲間だ。


「……ありがとう」


微笑むジェラールの表情の暖かさが、ナツの中の蟠りを一つ残らず溶かしていく。子供のように映るその笑顔が、ナツの目に焼きついて、いつまでも残っていた。








END







もうちょっと続きます。長くなる予定はなかったんですが…;

そもそもナツならもう気にしていない気もするのですが、このお話では結構根に持っちゃってる感じです。自分の事なら全然許せるんですが、エルザの事が絡んでたので。ですが終盤ではもうそういった憚りはありません。






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