FT短編
□一度きりの恋
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大人になって初めて子供の頃がどれだけ楽しいものだったのか思い知った。
殺伐とした世の中。
モノクロな景色。
上辺だけの笑顔。
吐き気がするほどつまらない世界。
唯一そんな単調な世界を忘れられるのは学生時代につるんでいた連中と一緒に過ごす時くらいだったが、ほぼ全員が散り散りになった今、なかなか会える機会もない。
そんな中、グレイは久しぶりに同級生だったエルザに会った。自宅に帰る途中、本当に偶然の事だった。
これまでどうしていたか、今何をしているのか、恋人はできたのか。
昔からの付き合いだからか、性別に違いはあっても気兼ねなくかなりつっこんだ事まで話した。久々の有意義な時間だった。
大分話も落ち着いて来たころ、グレイは再び口を開いた。
ずっと気になっていた事だった。
「そういや、ナツがどうしてるか知ってるか?」
ナツの名前を出した途端、急にエルザが息を呑んで押し黙り、血の気が引いたように顔が青ざめていく。
「、ナツは……」
その尋常ではない様子になにかあったのだろうか、といつになくグレイは焦った。嫌な予感がする。エルザがこんな風になるだなんて。
恐る恐るどうした、と聞くと小さく口を開いて彼女らしくないか細い声で呟いた。
ナツは死んだ
エルザは、耐えるように唇を噛みしめていた。
一瞬、何を言われたのか分からなくなって、もう一度聞き返そうと口を開いた。だが、それはエルザの瞳から溢れる涙に塞がれた。
ナツが、死んだ。
水の中にいるように遠のいていた聴力が次第に戻っていく。
ナツが。
エルザの声が、耳の奥で反復した。まるで言葉の意味を理解しろと言わんばかりに。
(なんて言った)
ナツが、なんだと言うんだ。
そのあとを理解したくなくて、グレイは耳を斬り落としてしまいたい衝動に駆られた。
しかし、意思に反して頭の中ではその言葉が的確に処理されていく。
死んだ。
(誰が)
「本当、なのか」
「…ああ」
趣味の悪い冗談だと思った。
笑い飛ばしてやろうかとも思った。
けれど、エルザの涙は本物で、震える声で「すまないまだ受け止めきれていないんだ」、と言われれば、笑い飛ばすなんてことはできなかった。
***
ナツは、初めての恋人だった。
学生時代に、自分から告白して付き合いが始まった。そして終わらせたのもまたグレイだった。
原因なんて今思えば下らないものだった。
同性だとかそんなことも全く気にしていない。気にするくらいなら、最初から付き合ってなんかいないのだから。
ただ、自分の身勝手な思いで、ナツを遠ざけたかっただけで。
別れを切り出した時、ナツは―――
『そっか…、わかった』
それだけだった。
ナツが何を考えていたのかなんて分からなかった。ただ、最後に聞いたあの声が忘れられない。
『ありがとう、グレイ』
今にも泣きだしそうな笑顔が、震えて力いっぱい握りしめられていた手が、いつまでたっても記憶の中に留まり続けて。気を抜けばいつもグレイの意識を占領した。
「ナ、ツ」
別れを切り出す前、ナツは何かを言いたそうにしていた。でも、それを聞く事は叶わなかった。それはグレイが言葉を遮ってしまったから。
どうして、縋るように震えていた手に気付かなかったんだろう。
どうして、抱きしめてやらなかったんだろう。
どうして、話を聞かなかったんだろう。
それは全部自分の所為なのに。
「おれは」
なんて、ことをしてしまったんだろう。取り返しなんてつくはずがない。胸の奥に滾るこの想いは、どこへ向かえばいい?
「まだ、」
お前の事を愛しているのに。