ナツ♀小説

□人魚姫は結局従者と恋に落ちましたとさ
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初めて会った人間を好きになって、たまたまその人間が人の国の王子だっただけ。好きになった王子様は騙されたまま魔女と結ばれてしまった。




海に足を付けて、そこからぶくぶくと泡沫が上がる。ナツを侵している呪いがその効力を発揮するまでもう幾許もない。

身にまとった似合わないドレスも、まるで酸に浸かったようにボロボロになっていっていた。
きっと、このまま泡になって消えてしまうのだろう。

そうしたら、もうあいつとも会えなくなる。結局結ばれる事はなかったが、愛した事は変わりない。だから、気付かれないまま消えてしまうのは、少しだけ悲しかった。

言葉を交わす事も出来ないまま、好きだった人に愛を囁くことも出来ないまま消えていく。

声を奪われて、海を自在に巡った一番速く優美だと謳われた尾も奪われて。残るものは何もない。きっと人々の記憶の中からも泡のように消えてしまうんだろう。

ただ一つ願うとしたら、どうかあいつが幸せになりますようにと、海よりも広く大きな空に祈りを捧げた。声は出ないが、唇だけを動かして、誰かが聞き届けてくれることを願いながら。


「どうして、君の幸せを願わない?」


数歩離れた先からの声に、ナツは振り向く。そこに立っていた青年はいつも王子の傍に控えている、よく見知った人間だった。


―――ジェラール


口だけを動かせば、青年――ジェラールは頬を緩めた。

ジェラールは唇の動きだけで言葉を読み取ることができる。それでよく、ナツの言葉を王子に伝えることをしていた。王子の次に長く共に過ごした。だからナツも彼の事をよく知っている。


―――披露宴は?

「抜けてきたよ」


王子の式を抜けてくるなんて、従者としてあるまじき事だ。人間の世界の理など、ナツには難しくてよくわからないが、きっと大変なことなのに。


―――早く戻れよ


どうせ自分はもうすぐ消える身だ。

構っていても何の得もない。それよりも抜け出した事がばれてしまえばどんな災難が降りかかるか分からない。最後に残していくのが、ジェラールへの災いだというのは嫌だった。


「どうしてそんなことを言う。君はもうすぐ消えてしまうのに」

―――俺は、あいつに愛されることはなかった。もう生きていても仕方ない。それが契約だったしな。


ジェラールの表情が辛そうに歪められた。

ジェラールはナツが人でない事を知っている。魔女との契約の内容も全部。こんなに辛そうにされるなら、教えなければよかったかもしれないな、などと今さら後悔しても遅い。ジェラールは優しいから、きっといつまでも覚えていてくれるかもしれない。

不謹慎だが、ほんの少し嬉しく思った。


―――ほら、早く王子の所に戻れよ。俺に構っててもいいことないしな。


その時、海に浸かっていない手からじゅう、と音がしてシャボン玉のような泡が宙へ浮かんだ。空に消えるのもいいかもしれないなぁ、なんて思いながら呑気にそれを見ていると、慌てたようにジェラールが手首を掴んできた。


「消えないで、くれ」


悲痛な声が、ナツの耳に木霊する。月の光のような真髄な瞳がナツを貫いて、動けなくする。もう裸に近い身体を隠す様に抱きこまれて、ジェラールの身体の暖かさが肌に沁みた。


「好きだ、愛している……。初めて君を見た時から」

―――ジェラー、ル


耳に直接吹き込まれるように言われて、大きく目を見開いた。

初めて対峙した時の強烈な眼差しを覚えている。あの時は、嫌われているとばかり思ったのに。まさか、あれは好意の眼差しだったのか。


「王子ではなく、俺を見て欲しい」


もう既に片手片足は消えかけていた。焦ったような眼差しがナツを射抜き、答えを求めてくる。その瞳に嘘は微塵もない。ひたすらに考えあぐねていると、待ちきれないと言う様にジェラールの唇が、ナツの眼前に迫ってくる。顎に手を掛けられて逃がすまいとしてくる強引さが、あのいつも優しげな顔で微笑んでいたジェラールとは思えず、ドキリと心臓が脈打った。


答えなんて。


分からない、だってずっと王子のことしか考えたことがなかったのだ。


「ナツ、愛している」


少しだけ厚みのある唇が重ねられて、ナツは瞳を閉じた。

同時にぶわりと泡が舞って、ああ消えるのだと死を確信した。

ジェラール、ごめん。その言葉は喉の奥に消える。こんな自分を愛してくれた、ただ一人の人を残していくのが悔やまれた。


「ジェラール……」


一度だけ名前を呼びたいと、喉を震わせれば、それは確実に音になって空気を振動した。それに目を丸くするのはジェラールだけではない。自分自身驚いて両手で喉に手を当てた。


両手で。


「あ…、手が……声も……ッ!」

「ナツ!」


消えかけていた足までもが、海の中に浸かっていた。歓喜で喉が、身体が震える。ジェラールが力強く抱きしめてきて、ナツもまたそんな彼の背に手を回した。


「ジェラール、ジェラール!」

「ナツ、もっと呼んでくれ。君の声が聞きたい」



『愛した人が、同じ想いを返してくれた時、その口づけが呪いを解く』


もう答えなんて考えなくても分かる。


「ジェラール、好きだ。俺もっ」

「ああ、愛している。もう二度と泡になんてさせてやらない」






そうして、泡にならなかった人魚姫は従者だった青年と恋に堕ち、共に自由に世界を見て回りながら、ずっと幸せに暮らしたのでした。




























「さあ、ナツ。どこへ行こうか」

「俺は色んな街に行ってみたい。そんで沢山の所から色んな海を見たい!」

「そうだな。……お前は城の中にいるよりも、外にいた方がよく似合う」







END

















title/888

***

童話とか。
思ったよりすらすら書けてびっくりです。ジェラナツいいなあ…ジェラナツ。

王子様とか打ってて吹きそうになりました。イメージがグレイだったからかな……!どっちかっていうとジェラールじゃね?って思いながら打ってました^^

実は敗戦国の王子様だったってオチもいいと思います!



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