ナツ♀小説
□今更そんなの有り得ない
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「グレイ君」
放課後、掃除当番だったナツはごみを捨てに中庭まで来ていた。そこで、ふと聞き覚えのありすぎる名前がでてきて、足を止める。声の持ち主は分からないが、女の子の声だ。
(なんだろ、)
聞こえてきた方向は校舎の影になっていて、ナツの方からは見えない。少しだけ、ほんの少しだけ気になって、ゴミ箱を持ちながら覗きこむと、そこにはグレイと見知らぬ女の子が立っていて、慌てて隠れた。
少なくとも「よお、グレイ」だなんて軽く手を振って出ていける雰囲気ではなかったからだ。
「あの、」
ほんの少し霞んでいる小さな声。緊張しているのが嫌でも分かる。別に自分が緊張している訳じゃないのに、ゴミ箱を握っている手が汗ばんだ。
「好き、です。付き合って下さい!」
後に続く沈黙に、ナツは息をのんだ。ぴんと張り詰める空気が居心地悪いはずなのに、早く立ち去りたいとも思うのに、身体は動かなかった。ドクドクとグレイに告白している女の子と同じくらいに、心臓が鳴る。
「悪い、好きな奴がいるんだ」
一呼吸置いて響いたグレイの低い声に、その緊張感は簡単に崩れて、ナツの身体から力が抜けた。軽く目を伏せると、ナツは静かにその場を立ち去った。
***
「はあ……」
鞄を床に放り投げて、マットレスが軋むのも構わずにベッドに倒れ込んだ。枕に顔を埋めながら、夕方の事を思い出すと、嫌でも気分が重くなる。
「好きな奴、か……」
うつ伏せだった身体を仰向けに直して、ごろりと転がりながら、瞼の裏にいつも見るグレイの顔を思い描き、また重苦しい溜息を吐く。
グレイとは幼いころからずっと一緒だが、それほど仲がいいわけではなく、しょっちゅう喧嘩ばかりしている、強いて言うなら喧嘩馴染のようなものだ。一日を喧嘩で始め、喧嘩で終わる、そんな腐れ縁なのだが、いつのころからか自分の中でグレイの存在が大きく割合を占めている事に気付いた。
それに気付いた時には、なんであんな変態をとか、ありえない、だとか思ったりしたことも多々あったが、やはりどうしても意識してしまう自分がいて、早々に思いを否定するのを諦めてしまった。
だからといって告白するでもなく、関係は今の今まで変わらず。
グレイが自分の事を好きだとも思わないし、今の関係が崩れるのが嫌で、告白しようなんて気も起きなかった。
――そろそろ諦め時だな……
グレイは好きな相手がいると言った。その相手は自分じゃない。
ふう、ともう一度大きく溜息を吐いた時だった。窓からこんこん音がして、今度は別な意味での溜息を吐いた。ベッドから起き上がってカーテンを開ければ、今は見たくもない顔が。無言でしゃっとカーテンを閉めると、今度は窓が割れるんじゃないかと思うくらいに叩かれる音がした。
そのしつこさに、ナツはとうとう長くもない緒が切れる音を聞きながら、カーテンと窓をほぼ同時に開け、身を乗り出してすべての元凶に怒鳴りつけた。
「しつこいんだよ!窓割れたらどうしてくれんだ、ああ!?」
「お前が早く開けねーのが悪いんだろうが!」
向かいにいるのは同じく身を乗り出したグレイ。お互い自分の部屋にいるというのに何故グレイがナツの部屋の窓を叩けたかというと、単に互いの部屋の距離が近いからだ。その距離約50センチ、少し足を延ばせば互いの部屋に入れるくらいの隙間。土地が狭い都心ならではの光景だ。
今日は本当に見たくもない顔を睨みながら、ナツはふんと鼻をならす。
「なんで今日先に帰ったんだよ!探したんだぞ!」
「別に約束してるわけでもねーだろ。俺だって一人で帰りたい時くらいあるんだ」
隣同士に住んでいる事もあり、喧嘩しながらではあったが、いつも登下校が一緒だった。しかし、今日あんな所を目撃してしまって、平然と一緒に帰れるほど図太い神経はしていない。だから、グレイが教室に戻らないうちにさっさと帰ってしまったのだ。
「明日から登下校一人でするから、付いてくんなよ」
「は、」
口からするりと零れ落ちた言葉に、ナツ自身驚いた。しかし、距離を置こうと思っていた所だ。丁度いいと思い、そのまま通す事にした。
「ん、だよ…それ……」
「別にいいだろ。いっつも一緒なんて、付き合ってるって思われるとお互い迷惑だし」
好きな奴いるみたいだし、とそれは口には出さずに。
本当は一緒にいたい、なんて言ったら気持ち悪がられるんだろうな、なんて思って笑いたくなった。
「……好きな奴でも出来たのか?」
静かに呟かれた言葉に、好きな奴ができたのはお前だろ、と言いそうになるのを堪える。そんな事を言ったら、今日立ち聞きしてしまったことがばれてしまう。
「そーだよ」
言いながら、胸に棘が刺さったかのように痛んだ。
――グレイの事が、好きだ
それを口に出せたらどんなに楽だろう。でもそう言った後「悪い」、なんて言われるのは分かってる。
だから言わない。言えない。傷つくのが怖い。
そんな時にばっかり女の自分が顔を出すから嫌になる。男に生まれれば、グレイに惹かれることもなくただの喧嘩友達でいられたのに。
「好きな奴って誰だよ」
「誰でもいいだろ、お前の知らない奴。つか、もう窓閉めんぞ」
今は、グレイの姿を見ているのが辛かった。一人で、気持ちの整理を付けたくて、グレイの返事を待たずに窓に手を掛けた。
「なんで、泣いてんだ」
振ってきた声に、閉めようとしていた手がピタリと止まる。
―――泣いてる?
しかし、その言葉を理解する前にはっと我に返った。グレイがナツの部屋に足を踏み入れたからだ。
「な、ん……」
勝手に部屋に入られたことを責めるより先に、金縛りにあったように身体が動かなくなる。鼻腔に嗅ぎ慣れた香水の匂いが広がって、暖かいモノに包み込まれたから。指先の一本も動かす事が出来ないくらいに緊迫していて、一体何が起きているのかナツには分からなかった。
「泣くなよ……」
「…泣、く……?」
柔らかいモノが頬を撫でて、何か濡れた感触が走った。
「え……なッ」
頬に触れたモノがグレイの親指である事に気付き、息がかかるほどに近い距離にいるグレイに驚いて、ナツは一歩引こうとした。しかしそれは、腰を抑え込んでいるグレイの手の所為で叶わなかった。
「そいつの名前言えよ。殴ってきてやる」
「は、ぁ?」
「お前の事泣かせる奴なんてロクなやつじゃねーだろ。そんな奴のことを思って泣くな」
呆気にとられながらも、目に溜まっていたものが溢れ、頬を伝い落ちていく。そこで、やっと自分が泣いているのだと気づいた。そして、それを拭う為にグレイの手が優しく頬に触れてくる。ナツはただされるがままになっていることしかできなかった。じっと自分を見つめるグレイが、離れる事を許してくれなかったから。
「俺じゃ、ダメか」
その言葉にナツは大きく目を見開いて、思わず顔を上げた。ほんの数センチの距離にあるグレイの瞳は驚くぐらい真髄で、冗談を言っているような雰囲気ではない。
「そんな奴より、俺の方が絶対にいい」
グレイは一体何を言っているのだろうか。
いや、本当は分かっている。だけどそれは自分の希望が期待させているだけで、勘違いなのではないか。自分の中で出た答えをそのまま認めてしまうには、決定打が足りなかった。
「おまえ好きな奴がいるんじゃ、」
言った瞬間しまった、と口を閉ざした。しかしそれは遅かったようで、グレイの目が見開かれたと思うと途端に納得したように唸った。
「そういうことか」
「……!」
「でぇ?立ち聞きしてたナツちゃんよぉ。お前の好きな奴って誰」
「ぐっ」
目を細められて覗きこまれると、ナツは何と言えばいいのか考えつかず言葉に詰まる。
どうしよう、どういって誤魔化そうなどと考えると、本当にそれしか頭に浮かばず、いい案など出てくる訳もない。その間にもグレイはにやにやと笑みを深くしてくる。
「べ、別にどうでもいいだろ!!」
どん、と思い切りグレイを押せば、絶対に離れないと思っていたのに以外にも簡単に離れていった。
「出てけ変態!!」
「ま、今日は勘弁しといてやるよ」
ひらひらと軽く手を振って、窓から出て行こうとする。思わずそのまま隙間に突き落としてやろうかとささやかな悪意が芽生えたが、何とか自制した。
「つか不法侵入とかありえねーから!二度と入ってくんなよ!」
「はいはい、じゃあまた明日な。ナツちゃんよ」
「死ね!」
隣の部屋に移動したのを見届けた瞬間、窓を閉めてカーテンを引いた。グレイの気配はもうない。安心しながらも、はーはー荒い息を吐いて、混乱を極めた頭が先ほどの会話をリピートする。
『俺じゃ、ダメか』
『そんな奴より、俺の方が絶対にいい』
思い出した言葉に、ナツはかあああと火が付きそうなくらい顔が熱くなった。それに体中が沸騰しそうなくらい熱い。言っていた時のグレイの目が、声が、本当に真剣で。
(あ、あんなの…告白されたようなモンじゃねぇか……というか告白されたのか俺!?)
それに――あの様子だと絶対にばれた。今までひた隠しにしていた想いを見抜かれてしまった。頭の神経が全部焼き切れてしまいそうだ。きっと今はぷすぷす煙が上がっているに違いない。
ずっと片想いで終わるつもりだったのに。
(〜〜〜っ!!明日からどんな顔して会えばいいんだよっ)
今さら両想いなんて有り得ない。
title/リライト
END
途中で♀化の意味があるのかと思い、ナツの乙女度が3割増しになりました^^ナツは女子の制服着てると思って下さい;