ナツ♀小説

□震えるその肩にできること
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その日、妖精の尻尾にはいくつもの好条件な依頼が舞い込んでいた。リクエストボードにはギルドの者たちがごった返しになっており依頼状の取り合いになっている。好戦的な者たちは早くも喧嘩になり、ギルドの中は騒然としていた。

そんな中にいつもいる筈の彼女の姿はない。

グレイは依頼状を見ることもなく、まして喧嘩に混じるでもなく、ただ静かにテーブルで酒を飲みながら彼女の帰りを待っていた。彼女――ナツはハッピーを連れて『親捜し』へと行ってしまったのだ。嘘か本当かもわからない情報を頼りに。それが三日前の事。
街の名を耳にした時、次の帰りの日にちを推測した。その日が昨日。ナツは未だに帰ってこない。

たったそれだけで、きっとまた駄目だったのだろうと思う。

親探しから帰ってくるのはいつも遅い。普通の足なら1、2日で帰ってこれる筈の距離でも帰ってくるのに倍以上掛かるのだ。ナツの心情を思うと、それは仕方のない事なのだと思う。


『ナツ、泣かないんだ』


いつだったかハッピーが言っていた。
オイラと二人っきりの時も絶対に泣かないんだ、と何処か寂しそうに耳を垂れ下げていたのを覚えている。四六時中一緒にいるのに見た事がないのだと。

脳裏に浮かぶのは親探しから帰ってきた時のから元気に笑いながらまた駄目だったと言うナツの姿。やりきれない思いを昇華しようとグラスを口元へと運び酒を煽ろうとした時、騒音に交じってギルドのドアが軋みを上げた。
弱々しく飛びながら入ってきたハッピーは、誰がどう見ても気落ちしているのがわかる。グレイはその後に続くだろう桜色を探したが彼女の気配を近くに感じなかった。


「ハッピー」


声をかけると、項垂れていた頭をあげてハッピーはグレイへと顔を向けた。


「ナツはどこだ?」

「あい、川辺の方にいるよ」


普段グレイを毛嫌いしている筈のハッピーは、それを露わにする気力もないのか素直にそう告げた。ありがとな、とハッピーの頭を一度撫でグレイはギルドを後にした。





***





マグノリアを横断する大きな川は、それだけ長く大きい。もしかしたらもうここを後にしているかもしれないナツを探すのは苦労すると思っていた。しかし、今は冬にほど近い季節。草が枯れむき出しになっている地面が多く、その中で桜色は酷く目立っていた。
川辺で膝を抱えながら水面に映るオレンジ色の太陽を見つめるナツに、周りすらも照らしだす明るい表情はない。

ナツは恐らく匂いで誰が来たのか気付いているだろう。その証拠にすぐ後ろで砂利を踏みしめても首一つ動かさない。


「グレイはいいよな」


何を考えているのか分からない目で流れる川を見つめ、独り言のように呟く。急に羨みの言葉を向けられても自分の何がいいのかが分からず、何がだよと問いかける。


「ちゃんと男だから」


ちゃんとってなんだよ、と言うとナツはわざとらしく笑った。ナツの言葉の意味をグレイは正しく理解している。サラシで胸を潰し、わざと男言葉を使い、行動もどこか男性的な理由がすべてその言葉にこもっていた。


「イグニールはさ、オレが女だから」


言いかけてはっとしたように言葉を区切り。


「……いや、なんでもねぇ」


自嘲するような溜息を吐く。表情は見えないがきっと今まで見た事のない酷い顔をしている。それはいつも弱い心をひた隠しにしているナツの一瞬のスキに違いなかった。


「言えよ」


今しかない、と思った。膝を抱えたままのナツの、少し距離を空けて隣に座る。
何故グレイに弱音ともとれる言葉を吐いたのか真意は分からない。けれどこの期を逃したら、ナツはずっと弱音など吐いてはくれないと思ったのだ。


「お前、自分が女だからイグニールに捨てられたと思ってんのか」


何故ナツが男の真似をするのか、グレイなりに考え導き出した答え。おそらく推測は当たっているのだろう。ナツの肩が一瞬震えた。

竜の子だから自分は強いのだと、ナツの口から何度その言葉が出た事だろう。

性別の違いで力が強いか弱いかなんて魔導師には通用しないのはナツとて分かっているはずだ。しかしナツは自分が女であると言う事に強いコンプレックスを抱いている。


「そんなことでイグニールがお前を捨てるわけないだろう」

「なんで、んなこと言いきれるんだよ……!」


グレイはイグニールと会ったことなど一度もない。竜の事など何も知りはしない。けれどこれだけは断言できる。


「子供を捨てる親はたしかにいるかもしれねぇ。だけど、お前を育てた親が、誇り高い竜が、性別ごときでそんなことするわけがないだろ。それはお前が一番よく知ってるんじゃねぇのかよ」


人間と竜と、種族の違いはあれど子供を思う親の気持ちに違いはあるだろうか。ギルドのマスターであるマカロフが、結局は他人である自分達を本当の子供のように想っていてくれる気持ちが実の親とどう違いがあるだろうか。ギルドの皆が互いを家族のように想う事に違いがあるのか。

ナツを見ていれば分かる。こんなにも愛情深い子が、そんな薄情な親に育てられたようには見えない。


「性別なんて関係ない。ナツはナツだ。もっと自分に誇りを持てよ……お前は、竜に育てられた誇り高い滅竜魔導師だろ」


言いきると同時にナツはようやくグレイを見た。





「……そう、かな」


暫くの沈黙の後、吐息が零れるような微かな声が漏れた。


うん、そうだ。呟くナツの口元にようやくいつもの笑みが戻る。グレイは空いていた距離を縮め、横から肩を囲うように抱きしめた。


「なっ……!」

「いつも強がってんのもいいけど、それを見てるこっちの身にもなれよ」


驚きに見開く琥珀色の瞳を横から見据える。先ほどのような儚さがないことに少し安堵する。


「いつか壊れちまいそうで怖いんだ」


ナツは強い。仲間たちにも頼られ、それを許容し、自分の弱みを見せようとはしないから、いつかガラスのように砕けてしまうのではないかとずっと不安だった。


「壊れたりしねぇよ……お前が――――」


続けざまに小さく呟かれた言葉に口元が緩んだ。募るのは溢れんばかりの暖かな気持ち。


「……なあ、こういうときってどうすればいい?」

「したいことをすればいいんだよ」


そう言うと、当てもなくだらりと下がっていた手が戸惑いがちに背中に回される。背中に感じる掌あ暖かかった。


「ありがとな、」


肩口にふわりとした桜色の感触と僅かな重み。ナツの細い肩を、震えることすら許さないように、強く強く抱きしめた。




壊れたりしねぇよ――――お前がずっと傍にいてくれるなら。

(ずっといるさ。お前が壊れちまわねぇように。だから、お前おも俺から離れるなよ?)









END








テノ様に捧げます!
恐ろしく期間が空いてしまって申し訳ありませんでした><。こんな稚拙文でよろしければ貰ってやって下さい。書きなおしなどはいつでも応じます^^




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