短編2

□VD&WD
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スンと鼻を鳴らすと甘ったるい匂いが香る。
バレンタインデーという大きなイベントに街中が賑わっているのだろう。
このマグノリアの中心地から外れた公園に来る途中も、沢山の店がバレンタイン限定の出し物をしていて、人々もどこか浮ついた面持ちだった。

かくいうオレも、手に小さな箱を持っており落ち着かない気分を持て余していた。今にも無意識に動いてしまいそうになる身体を押しとどめようと、あくまで平静を装って木に凭れかかる。

菓子の甘い匂いにのって目的の人物が近づいてくる。また動きたくなる身体をなんとか抑えるが、まるで餌を前に待てを言い渡されている犬の様な気分だ。


「おーい!」


この時の自分に尻尾があったなら、間違いなくぴんと立ってぶんぶん振り回していたことだろう。


「ナツさん!」


桜色の髪を揺らしながら掛け足で近づいてくる人を見て、隠しようもない喜びが声にのる。


「ごめんなー遅くなって。待ったか?」

「待ってないよ。ついさっき来たばっかり」


ついさっきってなんだ。

わざわざ待ち合わせの時間よりずっと前に着いていて、実際はかなり長い時間ここでまっていたのに。

――言わないでおこう。正直に言うと引かれそうだ。


「で、何か用か?」


小首を傾げて覗きこむ琥珀の瞳にどぎまぎして視線を左右に揺らす。後ろに回した小箱がやけに存在を主張して、グローブの下は汗が滲んでいた。女子か、と自分の置かれた状況につっこみをいれるが、緊張をほぐすなんてことはできなかった。


「ああ、ええと…その……」


これを、と差し出した小箱。
中身には勿論チョコレートが包まれている。フィオーレの有名ブランドで、値段も結構張るものだったりする。もちろんそんな世情に詳しくはないだろうから、気付いてもらえるとも思っていない。大事なのは気持ちだ。


「オレにくれんの?」

「いつかの詫びと、日頃の感謝と、その他色々……」

「散々謝られたし、あんま気にしなくてもいいのに」


優しい手つきで受け取り、でもと口を開く。


「ありがとう、な」


大切そうに箱を両手で持って、はにかんだ表情にに体温が上がる。男なのに可愛いなんて反則だろ、なんて思うのはいつものことだけれど未だに慣れない。

笑った顔を見ただけですぐに幸せな気分になれる。けれど、それは長く続かなかった。


不意に目に入ったモノ。

白いボトムからはみ出ている細長い箱を見て目を細める。


「ねえ、ナツさんそれって誰かに貰ったの?」

「んあ?ああ、ここに来る途中で知らねぇ女に貰ったんだ」

「ふぅん……。で、どんな子?可愛い子だった?」

「かわいいかどうかは知らねぇけど、ってなんでそんな事聞くんだ?」


さっきまでは暖かかった心に、冷やりとしたものが入り込んできた気がした。


「だって気になるじゃんか。バレンダインに女の子から、なんてナツさんも結構モテるんだなと思って」

「モテる?」


小箱を手に取ると、訝しげな表情を浮かべる。どうしてそんなことを言われるのか分からない、と思っているのだろうか。


「なあ。これ渡された時にも思ったんだけど、バレンタインって親しい奴に日頃の感謝の気持ちを込めてチョコを送る日なんじゃねぇの?お前もそういう意味でくれたんだろ?」


なんでくれたんだろうな、甘いもん好きだから嬉しいけど。そう続いた言葉にうっすらと笑みが浮かんだ。

知らない女の子からなんてそうそう貰えるものじゃない。その女の気持ちなんて知ったことじゃないが、義理で面識のない相手に渡す訳はない。つまりそういう事なんだろう。


「なあ本当にそういう意味でいいんだよな?」

「そうだよ」


自分自身日頃の感謝という一言を添えてナツに渡した訳だし、嘘を吐いているわけじゃない。本当の所はその他いろいろ――の思い切り下心あっての贈り物な訳だが、端から気付いてもらえるとは思っていない。


「どうした?やっぱり何かあんのか?」

「なんでもないよ、ナツさん」


わざわざ説明してやることもないだろう。
きっと想いも伝えないまま去っていっただろう女を密かに嘲笑いながら、爪が甘いんだよと内心呟いた。

横から掻っ攫われるなんてまっぴらごめんだ。恋敵に塩を送るなんて真似を誰がするものか。


「そういうことに疎いナツさんも、かわいいよ」

「何か言ったか?」

「いーや、何も」


自分が想いを伝えるのはもう少し先。

今はマイナスから始まってしまったこの距離を少しずつ縮めている最中なのだ。嫉妬に焦ってヘマをするなんてできない。じわじわと距離を詰めて、確証が持てるまで慎重になれ。そう自分に言い聞かせて、黒く染まりそうな感情を押し留めた。









別れ際、ボトムからさっきの細長い小箱がするりと落ちた。気付かずに帰っていく後ろ姿を見送ったままその箱を拾い上げ、感慨に浸る間もなくぐしゃりと握りつぶす。中で硬いものが割れた音がする。

手の中に光がかき集められ、小箱だったものは塵すら残らず掻き消えた。


「あのひとはおれのものだよ」


微かに残された想いの残り香に、歪んだ笑みが浮かぶのを止められなかった。










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