短編2

□きっとここが最果て
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エルザ、ありがとう。

口には出さずともこの気持ちは彼女に伝わっているだろう。

ジェラールは彼女の視線をその背に受けながらギルドへと歩みを進めた。

ギルドに戻るとそこは出た時と変わらず騒がしい。ふざけ合い笑い合うその賑やかな雰囲気に身体から力が抜けていくようだった。どうやら緊張していたらしい事に苦笑を漏らす。

すべて語らずともエルザは察してくれたのだろう。

過去にした所業を許されることはないだろうが、それで構わない。それが自分の背負うべき業というもの。それでも同じギルドの仲間として、これから彼女ともうまくやっていけると確証もなくそう思う。


―――大切にしないとただではおかんぞ


そういった彼女の言葉を胸に、ジェラールはきっと騒動の真ん中にいるだろう彼の姿を探した。しかし、望んでいた桜色の姿はギルドの中の何処にもない。


(ナツ、何処にいる)


胸を占めるのは焦燥。
ギルドに来る前のやり取りを思い出し、嫌な予感が頭を過ぎる。


(ここか……)


僅かに残るナツの魔力の位置を探し当て、たどり着いたのはギルドからほど近い公園だった。公園の中でも一際大きな木の根元に、やっと望んでいた桜色の姿を見つけ安堵する。


「ナツ、探した」


膝を抱えて俯いていたナツは微かにこちらを見上げると、すぐに下に視線を戻す。


「……エルザとはもういいのか?」

「用は済んだ。……不安にさせてすまない」

「っ!ふ、不安になんてなってねぇよ!勘違いすんな!」


顔をあげて慌てたように反論する。


「じゃあ何でこんなところにきたんだ」

「そ、れは、だから、その」


言い訳を考えているのだろう。しどろもどろに視線を泳がしながら、一生懸命思考を巡らせているナツに苦笑が漏れる。


「笑うな!」

「すまない。ナツは嘘が苦手だからすぐ分かる。無理に嘘を吐く必要はない」


何より嘘をついて欲しくないし、素直なところはナツの長所だ。


「オレは素直な君が好きだよ」


するりと漏れた言葉にナツは目を見開き、やっと見ることができたと思った琥珀の瞳は再び下を向いた。


「……好きとか簡単に言うなよ」


エルザの事が好きなくせに、そう言われてジェラールはくすりと笑う。


「そうだな、オレはエルザも好きだ」

「……それで、どうなった?わざわざ報告する為に探したのかよ」


ナツには似合わない自嘲したような笑みをしながら問い詰める口調は固い。
こんな表情をさせてしまったのは自分だから、胸が締め付けられるように痛む。

不貞腐れたようにジェラールの顔を見ようとしない彼は、幼い子供のようだ。ナツの横に膝を付くと、彼の肩を抱きこむように腕を回した。


「ばっやめろ!この、っ」


周辺に人はいないものの、いつだれから見られるかも分からない所だからだろう。激しく抵抗されるが、構わず抱きしめる腕に力を込める。押し返そうとする手をものともせずに、そのまま抱きしめ続ければ次第に諦めたのか力が弱まっていった。


「お前がこんなことするから、オレはバカみたいに振り回されて…もう嫌なんだよ……」


揺れる声。ゆっくりと顔が上がると薄く水の膜が這った瞳が見えた。吸い込まれるように顔を近づけると、ナツも自然と目を閉じる。
互いの唇が触れ合い、柔らかく重なった。


「本当に……何、考えてんだよ」


どうしようもなく、叫び出したくなるほどの愛おしさが胸に募る。その想いのまま抱きしめるとナツもまたジェラールの腕に手を乗せ胸に頭を預けた。


「オレはエルザもギルドの皆も、今さらこんなことを言っていいのかも分からないがショウやウォーリー、ミリアーナも好きだ。……シモンの事もな」


抱いた肩が微かに揺れ、意図を理解したのか琥珀色の瞳が見開かれる。


「罪深いオレがこんな言葉を口にしてはいけないのかもしれないが、」


目を瞑ると過去に犯した罪が目まぐるしく駆ける。それでも、先刻のエルザの言葉がジェラールの背中を押した。


「誰よりも君を愛している」


腕を掴むナツの手に力がこもる。
告げた言葉に後悔はない。


「何も聞かずに受け入れてくれる君を利用していた様なヤツだ。そんな卑怯者でもいいだろうか」

「それを言うなら同じだ、オレだってエルザに黙ってた」


彼女のことを口に出さず、話題にすらしないようにしていた。離れていかないでほしいという理由で。そう告げるナツにどうしようもなく愛おしさがこみ上げる。それは卑怯と言うのではない。ジェラールからみれば愛おしいとしか思えないものだというのに。


「こんな卑怯なヤツでも、まだ好きって言えるか?」


不安に揺れる眼に口づけを贈る。彼の中からすべての不安を取り除くように。彼が自分にそうしてくれたように。


「勿論、誰よりも」


告げた言葉に、目を細めたナツに目を奪われる。

きっとこの先何度もこの幸せな夢を見るのだろう。

そして悪夢にうなされる夜が来ても、彼が傍にいるのならそれを辛いものとは思わない。

ナツの口から告げられた言葉がジェラールの胸を熱く焦がし、二人の影は一つになった。








END














***



このシリーズはこれで完結となります。ここまでお付き合い頂いてありがとうございました!






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