短編2

□花舞い散る中で 前篇
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花の都クロッカスには風に乗りどこからともなく花びらが舞う。地上に咲く花の色どり、空から舞い落ちる花びら、そよぐ風の甘い香りは来訪者を魅了させていた。

普段は和やかなクロッカスの街も大魔闘演武が開催されるこの日ばかりは、華やかさより物々しい雰囲気がたちこめる。血気盛んなギルドに所属するものは、大会が開催される前から喧嘩に明け暮れていた。しかし、それらも余興の一つ。街の住人たちからは批難どころか声援が飛び交い、お祭りのような騒ぎになっていた。


「何だよさっきの奴ら」


そんな中を大股で闊歩するのは、剣咬の虎所属の滅竜魔導師に絡まれ酷く立腹しているナツだった。

鱗模様のマフラーの上に色鮮やかな花の首飾りを付けているその姿は、周りの眼を惹いていた。飾られている花に負けないほど美しい桜色の髪に、苛立ちを露わにしながらもその輝きを失わない大きな琥珀を乗せた猫目。

そんな彼を路地裏から覗く複数の眼がある事にナツは気付いていなかった。


「よぉ、そんなに急いでどこいくの?」


急に声を掛けられ振り向くと、下卑た笑みを口元に浮かべた男が後ろに立っていた。思わず足を止めると、どこからか全く知りもしない男たちがナツを取り囲むように立ちはだかる。


「どこにって、宿に帰るんだよ」


一緒にいたルーシィとハッピーは二人で街を見て回ると言っていたが、ナツは胸糞悪い事があったばかりでとてもじゃないが観光気分にはなれなかったのだ。


「じゃあちょっとオレらに付き合えよ」


ぐいと腕を引かれ、不快に顔を顰める。腕を掴んだ男がナツの腕を見て不意に声を上げた。


「おい、こいつ妖精の尻尾だぞ!」


それを聞いた途端、周りの男共からどっと笑い声が上がった。


「フィオーレ最弱のギルド!お前も大魔闘演武に参加すんのかよ。ムリムリ絶対勝てねぇよ!」

「あ?」


不愉快な台詞。

この街に来てからは度々耳に入る台詞だが、いつまでも慣れる事はない。ギルドを馬鹿にされることは家族を罵られるに等しい行為だ。それは自分を指差して馬鹿にされるより余程不愉快な事。ナツの気分は地の底にまで落ちていた。


「こんな細ぇ腰でどこまで持つのかねぇ」


粗野な男の手がナツの腰に触れ、緩やかに下り形のいい臀部を撫でまわす。怒りのあまりぶるぶると震える拳に魔力が込められるのは当然の事だった。

その時、首飾りが誰かから引っぱられぶつりと音を立てて茎の切れる音がする。ぱさりと下に落ちた花は無残にも男たちに踏みつけられてしまった。

ルーシィとハッピーと揃いの花の首飾り。帰ったら記念にドライフラワーにしようと二人がはしゃいでいたのに。

一般人に手は出さないようにとキツく言われているからなるべく大人しくしていようと思っていたが、人の逆鱗に触れる事ばかりしてくれる男共に気の長い方ではないナツの堪忍袋が限界に達する。もういっそここで全員始末してしまおうかと辺りに殺気が放たれていることに囲む男たちは誰一人気付いていない。


「そこまでにしとけよ」


声が聞こえたのと同時に、腰を掴んでいた手の感触が消えた。


「なあ?なんでこの人に触ってんの」


ぎりぎりと男の手を掴みあげたその手の持ち主は、先ほどナツの気分を最悪に陥れた男の一人。ナツが目を丸くするのと同時に先ほどまでナツに触れていた男の手が鈍い音を立てて妙な方向に折れ曲がった。


「が、ぁああ!!」


男が叫び声を上げると同時に、周りを取り囲んでいた者達が小さな悲鳴を上げ蜘蛛の子を散らす様に離れていく。


「こいつッ、白竜スティングだ!」


スティングと呼ばれた男は笑みを顔に張り付けたまま、ただ眼だけは凍てついていた。瞳孔が鋭く絞られ鈍い光と共にナツの背筋を冷やす。しかし、直にそれを向けられた男たちは恐怖を表情に浮かべたまま後退りし、今度こそ各方へと散っていった。


「大丈夫だった?」


男たちの姿が見えなくなったころ、先ほどまでの殺気が嘘のように朗らかに聞いてくる。


「……余計なことしてんじゃねぇよ」


腹の底から煮えくりかえるような怒りが昇華できず、低く唸るような声色になる。が、この男――スティングは気にする様子もなく肩を竦めるだけだった。


「さっきから後つけ回しやがって」

「やっぱり気付いてた?」

「馬鹿にしてんのか」


ずっと妙な視線を送られて首筋の辺りがピリピリとしていた。それがいつまでも苛立ちが落ち着かない原因にもなっていたのだ。風下に居られたからニオイで判別は出来なかったが、先ほど会ったばかりの不愉快な気配の持ち主を忘れる筈がない。


「……ま、ちっとは助かったけどな」

「え?」

「一応、礼は言っといてやる」


素直に心からありがとうとは言えないが、助けてもらったら感謝はしておくべきだろう。
しかし、スティングはそれに目を丸くし固まっていた。


「あ〜もう、ナツさんってホント……」

「?」

「調子狂う」


金の髪に差し込まれた手をぐしゃぐしゃと掻き混ぜながら深々と溜息を吐く。こっちは礼を言っているというのに、失礼な奴だ。


「とにかく何の用だか知らねぇけど、もうついて来んなよ」


様子を見る限り何か特別な用がある訳ではなさそうだと思い踵を返すと、慌てた様な声が掛かり足を止めた。


「あのさ、今のお礼っていうのもアレなんだけど……この後時間ある?」

「なくもねぇけど」


集合時刻の0時までにはまだ時間はある。今から帰ろうとは思っていたが、帰ってやることも特にない。


「じゃあさ、オレとデートしてよ」

「はぁ?」


デートという言い回しに些か疑問は浮かんだが、要は奢れということだろう。


「馬鹿言うな、何でお礼がデートなんだよ。それに、さっきはオレの事馬鹿にしただろうが、これでチャラだ」


助けてくれと頼んだ覚えはないが、考えてもみればこれで貸し借りゼロだ。だのにどうして自分の奢りで遊びに行かなければならないのか意味が分からない。


「……やっぱ、オレとじゃ嫌?」

「嫌っつーか、金持ってねぇから奢れねぇし」


しゅんと項垂れるスティング。まるでこっちが苛めているような感覚に陥り、思わず面食らってしまう。

7年のブランクの所為でそれなりに蓄えてあった金はなくなり、暴落してしまったギルドの名の所為か入る仕事のランクも低く報酬も微々たるもの。今日まで必死に働いて稼いだ金も、なくなってしまった家財道具や衣服一式に当てられじり貧の生活なのだ。人に奢れる金などない。


「じゃあ、オレの奢りでいいって言ったら?」


思わぬ申し出にナツは目を丸くする。
期待の込められたスティングの視線は、今か今かとナツの返事を待っているようだった。


「なら別に」


腹に手を当てると軽い音を立てる。苛立ちの所為で忘れていたが、食事をまだ摂っていなかったのだ。タダで食事できると知った途端に気付くなんて我ながら調子のいい腹だと思う。


「じゃあ、まずはメシ食いに行きますか!」


弾む様な声色は喜びを隠そうとしない。
さっきは人の事を馬鹿にしたくせにこの変わり身の早さはなんだと言うのか。


(こっちこそ調子狂うっつーの)


心を満たしていた怒りはすっかりその身を潜めていた。

その変わりにナツは、どうしてか楽しそうなスティングにつられて笑みをこぼしていた。
















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