短編2
□泣いたのは誰のせいで
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グレナツ幼少期
※ナツに対してではないですが、暴力表現ありです。ご注意ください。
一つ、二つ、三つ。
指の隙間から拭いきれなかった滴が地面に落ちる。その様を見て可哀想だと思う。
それと同時に、なんて綺麗なんだろう――そう思った。
路地の間の暗がりで、ナツはひっそりと泣く。それは決まって心ない人間に酷い事を言われた時だ。
ナツにとっての酷い事とは、親を否定される事。
悔しくて
悲しくて
寂しくて
零れ落ちる涙はとても美しい。
氷の造形魔導師でもそれを形にすることは出来ないだろう、一瞬の儚さだ。
だがそれはナツの傷ついた心が流すものだ。
ずっと見ていたいとも思うものの、愛おしく思う者を傷つける事を許すことなどできない。
本来なら静けさに包まれる闇夜に鈍い音が響いていた。
地面から突きだす鋭い氷が少年に迫り、あと僅かで傷つけるぎりぎりの所で避けられる。
引きつった声を上げながら、少年は追ってくる黒い影から必死に逃げていた。月の逆光に阻まれて顔は見えない。闇夜に溶け込んでしまいそうな黒い髪が死神の様にも見えて身体が震えた。
逃げなければ殺される。
明確な殺意が見てとれて、少年は震える足で必死に前へと走った。しかし、前方に突然巨大な氷の壁が現れ前進を阻み、それを避けようとすると氷の壁がまた行く手を阻んだ。少年が右往左往している間にも黒い影はゆっくりとした動作で確実に距離を縮めている。後ろは黒い影が迫り、前も横も氷の壁がそびえ立っている。少年は唯一空いている路地裏への道を駆けた。
「あ、あ、ああ」
唯一の希望だったその道は建物の壁に囲まれ、道は通じていなかった。
まるでそこに導くように追われていたようで、少年は恐る恐る後ろを向いて絶望に目を見開いた。
「いいなァ、その目」
「お、お前・・・ッ。グレイか!」
「気易く名前呼んでんじゃねぇよ」
見た事のない歪んだ顔で、グレイは少年の腹を蹴飛ばした。容赦のない暴力は、受け身も知らない少年の柔らかい腹を簡単に抉る。少年は腹部への衝撃で嘔吐し、グレイはそれに汚物を見るような視線を送った。
「懲りないヤツだなァ」
子供にしては低い声。
はっきりとした憎悪を滲ませた声に、少年は喉の奥が引き攣った。
「何度もナツに近づいて、泣かして・・・・・・さてはお前、ナツが好きなのか?」
途端、少年の頭に浮かんだのは桜色の髪を持つ子の姿。図星を突かれた少年の頬に赤みが差す。それを見たグレイは目を細め、少年の顔を蹴飛ばした。
自分とさして変わらない身体が転がっていくのを無心に見つめ、グレイは投げ出された少年の膝に足を乗せる。
「お前の言葉でナツが泣いた」
ぎり、とグレイは歯を食いしばる。
憎くて憎くて、乗せた足に重心が傾いた。
「お前の所為でナツが傷ついた」
少年が痛みを訴え、悲鳴を上げる。
「ユルサナイ」
ば、きん。
鈍い音と共に少年は喉が裂けんばかりの悲鳴を上げた。
痛みを必死に堪え、変な方向にひしゃげた足を引きずったまま、少年は手だけ使って必死にグレイから離れようとする。
「見逃してやろうか」
グレイの言葉に目を見開いて、必死に頷いた。
何でも聞く。だから、命だけは。
「まず、ナツの前に二度と姿を現さない事を誓え」
「ああ。ああ。わかった。二度と会わない!」
桜色の子の姿は自分の命と天秤にかけて一瞬で霧散した。
怯えた目でグレイを見上げると、満足そうに笑みを浮かべる。
「あとはそうだな……くくっ。三つ数える間にオレの前から姿を消せたら――逃がしてやるよ」
え、と少年が口にする間もなく、グレイは「いーち」と数えはじめていた。
「にーい」
だって足は折れたままで。
「さーん」
恐怖と絶望に歪んだ少年の目には、月を背にして歪な笑みを浮かべる氷の魔導師の姿が映しだされていた。
***
「なあ聞いたかあの事件……」
ひそひそと交わされる暗い事件をそこそこに聞きつつ、今日も賑やかにギルドを駆けまわる桜色を見る。
ギルドの仲間に囲まれて、馬鹿みたいな顔で笑っているナツを見てグレイは口元を緩めた。
お前の涙は綺麗だけれど、お前の心が傷つくのは許せない。
邪魔な奴は全員オレが片付けてやる。
だからお前はずっと笑ってろよ――。
title by 確かに恋だった