FT短編2

□やわらかなつぼみ
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―――そういや、今日だったな。


冷えてきた空気。暖かさか恋しくなるこの季節、今日という日の丁度一年前の出来事にグレイは想いを馳せた。そういえばと思いつつも、ずっと以前からこの日の事を忘れた時はない。それほどに、グレイにとっては特別な日だった。


自宅の前にある家の壁に背中を預けながらグレイはある人物を待っていた。グレイが家から出たのは5分前――時計の針は8時を示している。学校までは20分程だ。そろそろ向かった方がいいのだが、いつも一緒に行く相手は支度が遅く、毎度の事ながらグレイは待ちぼうけをくっていた。これからの季節は結構辛い。


「グレイー、はよっ」

「おせぇぞ、ナツ」


勢いよく開いた扉の音と共に元気な声が降ってくる。その声を聞いた途端、僅かに体温が上昇したのがわかった。桜色の髪を揺らしてグレイに駆け寄ったのは、去年家の向かいに引っ越してきたナツだ。


「お前はもうちっと早く支度しろよ。いい加減先行っちまうぞ」

「はいはい」


この会話を何度繰り返した事か。やる気のない声で了承するものの、それが実行されたことは一度たりともない。それというのも、グレイが置いて行く気が更々ないと分かっているからだ。なんだかんだ言いつつも、いつもこうして待っているから甘えているんだろう。


ナツは覚えているだろうか。


一歩踏み出す度に揺れる桜色を見つめながら、一年前の今日の事を思い出した。







***







去年は今年よりもずっと寒くて、風が強く吹いていた。受験が数カ月後に差し迫っていたグレイは、柄にもなくストレスがたまりイライラして、少し気を静めようと外に出たのだ。

もともと寒さに強いグレイだったが、その時は強い風の所為かやけに冷えたのを覚えている。







外に出れば道に植えられている木が赤や橙に色づいているが、受験なんてものを控えている所為かその季節感を楽しむことも出来ない。

グレイは妖精学園という小中高一貫の学校に通っていた。勿論進学試験はあるが、それよりも難しいだろう受験勉強などしなくとも良い筈だった。外の学校を受けようと思ったのは、学園生活に嫌気がさしたとかそういった理由ではない。ただ――高等部に進学しても何一つ変わらない生活に、少し飽きがきていたからだ。

自分で決めた事だから仕方がないにせよ、やはり毎日勉強するのも気が滅入っていた。




はあ、と大きな溜息をつくと、家の前に二台ほど配送業者のトラックが止まった。暫くするとその後ろに自家用車が一台止まり、その中からすらりとした長身の赤い髪の男が出てきた。

そう言えば、向かいの家は大分前から空き家になっていた。とすると、あれが次の住人なのだろう。配送業者の人間と話しているその赤い髪の男を何となく視界に入れていると、助手席の扉が開き、思わずグレイは目を見張った。

出てきたのは、鮮やかな桜色の髪をした少年だった。まるでそこに桜が咲いているような錯覚を覚え、無意識のうちに凝視していると、おもむろに少年がこっちを向いて近づいてきた。


「なあ、お前ここに住んでんのか?」

「あ、ああ」


ためらうことなく話しかけてくる少年。その瞳の色も桜色だ。綺麗だ、とその瞳から目を離せずにいると。


「俺、今日から向かいに引っ越してきたんだ。よろしくな!」

「ああ、よろしく」


寒々しい季節には似合わない、暖かな笑顔。不覚にも見惚れてしまった。


「年いくつだ?」

「15。お前は?」

「俺も同じ15だ」


幼い顔は年下にも見えたのだが、どうやら同い年らしい。


「お前、高校どこいくんだ?」

「ああ、俺は妖精学園っつーとこに編入すんだ。こっから一番近いし、一貫だから高校もそこかな。お前は、どこの学校に行くんだ?」

「俺か?俺は……」


一瞬、受けようとしていた学校の名前が浮かび、そして消えていった。


「同じだ」


気付けば、そんなことを口にしていた。


「もともと妖精学園に通ってるからな」

「へえ、じゃあ同じクラスになれるといいなっ」


無邪気な笑顔にドキリと胸が高鳴った。


「じゃあ、おれ手伝わなくちゃなんねーから行くな」

「ああ、またな」


そう言って家に戻っていく少年の背中を見届けた。春が去ったかのようにまた寒々しくなり、グレイもまた家の中に戻ったが、そのまま玄関にずるりと座り込み、胸に手をあてた。ドクドクと有り得ないスピードで脈打つ心臓。急に顔に血が上ってきて、熱く火照り出していた。


「名前、聞くの忘れてた……」







***







(まさか、ナツが妖精学園に行くっていうから、受験すんのやめたなんて本人に言えねーよな)


言ったら多分高確率で引かれるだろう。


「そう言えば、お前と会ったのもこんな時期だったよな」


ナツの言葉にグレイは軽く目を見開いた。ナツの事だからきっと時期すら忘れているんじゃないかと思っていたのに、覚えていたのか。


「会ったのは去年の今日だぜ」


グレイがそう言えば、ナツもまた軽く目を見開いた。そして懐かしく思うように、優しく細められる。初めて見るナツの表情に見惚れて目が離せなかった。こんな表情もするのか。


「そういやそうだったな。じゃあ記念日っつーことで、今日どっか遊びにいかねー?」

「いいけど、そりゃテメーがただ遊びたいだけなんじゃねーのか?」

「へへ、ばれた」


ワザとらしく笑うナツも可愛い。たまにわざとやっているんじゃないかと思うくらいそれは的確にグレイの胸を突いた。それはナツに抱く邪な想いの所為でもあるのだが。

今はまだ、遊びに行くだけでいいかと思う。

初めて会った日をナツが覚えていてくれたのが、それがグレイにとっては何よりの贈り物だった。


「来年も一緒に祝えたらいいなっ」


頬赤く染めて、可愛い顔して言われたら、抱きしめたくなるのは仕方がない。どうしようもない衝動をやり過ごしながら、グレイは口元を緩めた。


「ああ。来年な」


来年も再来年も、ナツと一緒にこの日を祝いたい。そして叶うならば、その時には誰よりもナツに近い存在になっていたい。心からそう思ったのだった。





***





(なんだ、グレイも覚えてたのか)


――会ったのは、去年の今日だぜ

もう一度グレイの言葉を思い浮かべて、ナツはこっそり口を緩めた。


「なーに笑ってんだ?ナツさんよ」

「なんでもねーよ」












END



3Tのトヲル様にお捧げします!一周年おめでとうございます><!しかしネタかぶりしないようにと気をつけたらこんなことに。ですが、心からお祝い申し上げます^^!



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