FT短編2

□ラストバレンタイン2
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バレンタイン当日――ギルドでは女の子たちが皆にお菓子を配っていた。


いつもならすぐ仕事に出る者たちも女の子たちがくれるお菓子目当てにか残っている者が多く、普段よりがやがやと賑わっている。そんな中ナツは横目でグレイの様子を窺っていた。


グレイはあの変な癖だけ目を瞑れば、顔だけはまあまあだから沢山貰っている。当の本人はテーブルの上に置かれたチョコートにモテないヤローどもの羨望の視線を集めながら呑気に会話に耽っていた。


(人の気も知らねーで、)


グレイに渡しているのはギルドの女の子や、外から訪ねてきた知らない女の子ばかり――あたりまえか。どういう気持ちが入っているのか見分けられないけど、きっと中には同じ想いを持った子もいたんだろう。
あのチョコレートの山に自分のをどうやって忍ばせるか考えていた時、グレイの所へ駆け寄っていくリサーナの姿をみた。


(リサーナ?)


その手には昨日一緒に作ったチョコレートを持っている。一言二言話してチョコレートを渡した後グレイに何かを耳打ちした。そのすぐ後にグレイが席を立って、ギルドの外へと向かっていく。


「ナツ、ギルドの裏口に行って」

「え?」


すぐにナツの元へと来たリサーナが、ぽかんとしているナツに声を掛けた。


「グレイが待ってる」


悪戯っぽい笑みを見せながら、リサーナは後ろに回ってナツの背中を押した。


「な!んないきなり……無理だ!」


もとより直接渡すなんて考えてすらいなかったのに、あまりの展開に思考がついていかない。ぐいぐいとリサーナに背中を押されるまま抵抗することなく入口付近に押し出される。


「大丈夫。絶対に受け取ってくれるから、ほら行って!」


とんと背中を押されて、進む足をそのままにリサーナに視線を投げた。


「いってらっしゃい」


優しいリサーナの笑顔が、目に焼きついた。

それが心を動かす原動力になったのかもしれない。

気がつけば、ナツの足は自然にグレイのいる所へと向かっていた。







***







全然心の準備ができないまま路地裏に足を進めた。後少しでグレイがいるところに着いてしまう。そう思うと本当に渡すべきなのか迷いが出てきた。もし女の子が来ると思っていた所に男がきたらどう思うだろう。しかもチョコレートなんて渡したら――もし何の冗談だよ、なんて言われたら本当に立ち直れないかもしれない。

区切りをつける為に来たんだ。もしこれでグレイと一緒にいられなくなっても、仕方ない。かえってすっきりするかもしれないし。

折角リサーナがきっかけをくれた。勇気をくれた。それにプレゼントも。

渡そう――例え捨てられる運命だったとしても。


「ナツ?」


低めの声が耳に届いて微かに肩が跳ねた。想像した通りグレイは驚いたように目を見開いている。言葉を交わす前に、ナツは震えそうになる腕に力を込めて、グレイの目の前にチョコレートを突きだした。


「これ、やるっ!」


視線を横に逸らせて、視界にグレイが入るのも嫌で顔を上げられなかった。恥ずかしいのと、何を言われるか分からない恐怖――漂う沈黙に合わせてじわじわ後悔が押し寄せてきて泣きたくなる。


「―――……お前が、俺に?」

「そーだよ!」


敵前逃亡、なんて言葉が頭に過ぎる。

突きだした手を下げてしまいたい。

逃げたい。






「さんきゅ」





「へ?」






手からなくなる箱の感触。そんな余韻もつかの間にシュルリとリボンのが解かれる音がする。


「え?ちょ、おま何してんだっ」


受け取ってくれた、と思う前にグレイの想像もしていなかった行動に吃驚する。


「何って食うにきまってんだろ、お、手作り?」


箱を開けた途端に現れた少々いびつなチョコレート。グレイは顔を顰めることなく一粒手にとる。それをどうする気だ、と言う前に口に運ぼうとしているものだからナツは慌てて制止した。


「ば、やめろ食うな!やっぱ返せ!」

「何でだよ、貰ったんだからもう俺のモンだろ」


それには薬が、なんて事を言えるはずもなく。


「あー!」


口に入っていく丸いチョコレートを見て頭を抱えた。


「ナツが作ったにしちゃ結構うめぇじゃねーか」

「余計なお世話だっ」


捨てられると思っていたから、まさか目の前で食べるとは思わなかった。仲間だから冷たくできないのか、それとも同情されたのか。それでも、おいしいと言ってくれたのは嬉しくて。

嬉しい筈なのに、今口にした物にはリサーナから貰った薬が入っている訳で、騙しているような苦い思いが込み上げてくる。息苦しさでナツは思わず俯いた。


「どうしたんだよ」


俯いたまま喋ろうとしないのを訝しく思ったのか、グレイが声を掛けてくる。





「――今日さ、」





でも、騙していると思っている一方で、どこかで期待していた自分もいて。





「今から、どっか行かねー?」





気付けばそんな事を口にしていた。





「ああ、いいぜ」





グレイの言葉に、ナツは精一杯の笑顔を作った。









それが薬の効果なんだって分かってる。

バレンタインは大事な日らしいし、グレイに好きな奴がいたら、きっとそいつからチョコレート貰いたいって思ってるはずだ。

でも一日だけ本当に一日だけだから――俺に、思い出をくれよ。












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