FT短編2
□ラストバレンタイン3
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色んな所に行った。
乗り物が苦手な事を気遣ってなのか、全部歩いて行けるような所だったけど、やっぱりグレイと一緒にいるのは楽しい――何処にいてもそれは変わらなかった。
(楽しい、楽しい、すごく……おれ、今、めちゃくちゃ幸せだ)
ただ一緒に歩いているだけでもナツは嬉しかった。男同士だから周りにはただ友達同士で遊んでいるようにしか見られなくても、ナツにとってこれは生まれて初めてのデートだった。
やっぱりグレイのことが好きで、諦めようと決心したところで暫くこの想いは消えてくれないんだろう。でもこれは決めた事だから。どんなに幸せでも一日限定。明日にはグレイの中からこの記憶は消えている。
「今日はありがとな!」
空がオレンジ色に染まるころ、ナツは後ろを歩いているグレイへ振り返り、そう切り出した。
「なんだよ急に、まだ時間あんだろ」
今の時期はまだまだ日が沈むのが早い。もうすぐ空は暗くなるが、まだ夕食も早いような時間だった。しかし、ナツはここで別れるつもりでいた。
「オレこれから用事あるんだ」
「そっちから誘っておいてか?」
「わりぃ」
本当はもっとずっと一緒に――なんて流石に欲張りだろう。それに、これ以上一緒にいたら離れがたくなる。
胸を耐えがたい痛みが襲う。
「じゃあな!」
顔を合わせるとどうしても目元が熱くなるから、背中を向けたまま手を振った。
「待てよナツ」
振りあげた手を手に取られ、そのまま引っぱられる。
「え――?」
不意に、唇に温かいものが触れた。
視界が暗くなったと思えば、頬にさらりとした感触が走る。
(―――グレイ?)
そのまま頬に手が添えられて、ナツの大きな目はさらに大きく見開いた。
自分は今、何をされている?
「嫌、だったか……?」
手は頬に添えられたまま覗きこむグレイの目とかち合う。その瞬間我に返って思わずグレイを突き飛ばし、口元を押さえた。
「―――違う、ごめ…んっ、……おれ、サイテーだ…!」
爆発しそうになる感情に、ナツは訳が分からなくなっていた。
嬉しいのに悲しくて、喜びたいのに謝りたくて――矛盾した行き場のない感情がせめぎ合い、熱いものになって込み上げてくる。
ぽたりと地面に滴が落ちた。
「泣くなよッなんで謝るんだ」
ああグレイが困っている。
分かっているのに涙が止まってくれなかった。
「ゴメンっ…ほんと、ごめん……ッ」
「チョコくれたの、好きだって意味じゃなかったのか?俺の勘違いだったのか?」
「違くないっ、好きだ…大好きだ……っでも、」
一緒にいられると聞いて使った薬だけど、こんな事をグレイにさせるなんて――。好きでもない奴と、しかも男となんて、実際には不快の筈で。いくらなんでもこれは、グレイの意思に反しすぎている。
「でも、何だよ」
焦れたように近づいてくるグレイからナツは一歩ずつ遠ざかる。泣いている顔を見られたくなくて、いやそれ以上に騙しているという罪悪感からグレイの顔を見られず背を向けた。
「俺、お前に……」
「ああ?」
ナツは震えそうになる口を重々しく開いた。
ずっと好きだった事。
これで気持ちに終止符を打つつもりだった事。
その為にチョコに薬を混ぜた事も。
驚いた様な顔をするグレイに、ああ終わったのだと思った。こんな事をして軽蔑しない方がどうかしてる。
そんな予想に対して、グレイは全く予測もつかない台詞を吐いた。
「で、何だよ。俺もお前の事が好きだ。何も問題ねぇだろ」
「だから!お前のそれは俺が薬を盛ったからなんだよッ」
あんまり言わせるなよっ―――ナツは胸が締め付けられるような痛みを覚えた。虚しくて堪らなかった。
「薬のせぇじゃねぇ!俺もずっとお前の事が好きだったんだっ!何年もお前の事想ってた!それも否定すんのかよ!」
後ろから腹に腕が回って、そのまま引き寄せられた。
温かい腕の中。グレイの匂いが今までで一番強く感じられた。
「チョコもらった瞬間から嬉しかった。ずっと前からお前に惚れてるからだ。それは薬のせぇじゃねぇよ」
「……グレ、んっ」
背中越しに顔を見ようとした途端、口付けられた。
ナツは大人しく目を瞑った。
好きだと、グレイの声で言われたことが嬉しくて切なかった。どんなにグレイが薬は関係ないと言っても、現実的に考えてナツには信じられない。だから、触れ合うのはこれが最後。
「明日、ギルドで待ってる」
絶対に忘れねぇから、そう言ってグレイの親指が頬に伝った涙を拭った。
遠ざかっていくグレイの背中。
「だけど、どうせ忘れるんだろ」
もうその背中に手が届く事はない。
明日にはもうこの魔法は解けて、何のかわりもない一日が待っている。その時にはもう、グレイの中に自分はいない。
俺は忘れない、今日の事は絶対に――――忘れないから。