FT短編2
□真夜中の逢瀬
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無事に魔物の討伐が終わり、ナツとジェラールは今日の宿に向かっていた。
お互いまともに共闘するのは初めてだったが、特攻タイプのナツをジェラールはよくサポートしてくれて、いつもよりずっと戦いやすかったように思える。安心して背中を任せる事ができた。また機会があれば一緒にクエストに行きたいと思った位だ。
「今日はサンキューな。また、一緒にクエスト行こうぜ」
「ああ」
ジェラールの返事は短いものだったが、嬉しいと表情が語っている。
ジェラールはきっと自分よりも年上なのだろうが、ナツにはどうしても子供のようにしか映らなかった。何故かは分からないが、何か小さな生き物を相手しているような気分になる。
何かと世話を焼きたくなってしまうような仕草ばかりするから、それも仕方がないかもしれない。
「不思議だな……」
「何が?」
「俺はナツと一緒にいると落ち着くらしい」
「っな」
不意に呟いたジェラールの目が優しく細められていて、何故か頬が熱くなる。戦闘でも滅多に早くならない心臓がばくばく音を立てた。
「なんだよ、らしいって意味分かんねぇッ」
恐らく赤みを帯びているだろう頬を誤魔化す様に腕で隠すと、見られたくなくて歩みを早くした。
――お、俺なんで赤くなってんだ!
気の所為か、冷や汗まで出てきている気がする。ジェラールにはきっと深い意味はないのだろうが、何故こんなにも過剰に反応してしまったのだろうか。
「おい、早く行くこうぜっ」
混乱する頭を誤魔化す様に急かした。
「――――ジェラール?」
すぐに返ってくると思っていた返事が遅い事に気づき、ナツは後ろを振り返る。途端に目を見開いた。ジェラールが膝をついて倒れかけているのが目に入ったからだ。
「ジェラール!」
ナツが慌てて駆け寄り、身体を支えるようにしてやるとジェラールはようやく目を向けた。その顔色はお世辞にもいいとは言えない。先ほどまでは全くそんな様子はなかったというのに。
「ナツ、すまない。大丈夫だ……」
「どこが大丈夫なんだよ!具合、悪いのかッ?」
ジェラールは身体を支えるナツを軽く押し退けて立ち上がろうとする。しかし、すぐに身体はぐらついて、再びナツが支えてやった。
やはり、具合が悪いのだ。
「全然大丈夫じゃねーだろっ。もうすぐで街だから、そこまで歩けるか?」
「……すまない」
「謝んなよ、仲間だろ。……つか、すげークマだな」
ジェラールの顔を覗き込むと目の下にはくっきりとクマが出来ていた。さっきまでなかった筈なのに、もしかして魔法で誤魔化していたのだろうか。詳しい事は分からないが、ジェラールの体調不良の理由はナツの目から見ても明らかだ。
寝不足なら仕事しないで家で寝ていればいいのに。
半ば意識が飛びかけている相手にそれは口に出さなかった。
***
宿屋のベッドに投げ入れて、自分もまた同じベッドに座る。
抗えない程の睡魔にジェラールの意識が沈んで、30分も経っていないくらいだろうか。ふと、くぐもった唸り声のようなものが聞こえて声の主を見ると、苦しげに眉を寄せている。嫌な夢でも見ているのだろうか。
「ジェラール?」
「っ……」
「どうした?」
寝不足だから寝かせておいた方がいいのかもしれないが、あまりにも苦しそうな表情をしているから、思わず声を掛けた。そうすると、瞼が震えて目を開いた。
「、夢が……」
溜息と共に呟かれた言葉で、嫌な夢を見ていたというナツの予想は当たった。
ジェラールは視界を閉ざす様に、手で目を覆う。ナツの目には、それが世界を拒絶しているようにも見えた。そんなにも酷い夢を見たのか。
「大丈夫か?」
一応聞いてはみたがどう見ても大丈夫とは思えない。顔色は悪いし、目のクマもそのままだ。
「足止めしてすまない。ギルドに帰ろう」
「何言ってんだよ。まだ眠いんだろ?酷い顔してんぞ」
「大丈夫だ」
「だから何処がだよ。いいから寝てろ。まだ30分も寝てねーじゃんか」
それは仮眠とも言えないくらいの短い時間だ。中途半端に寝ては余計に辛い。
起き上がろうとするジェラールの肩を押して布団に押し付けると、困ったように顔を歪ませた。それは悲しそうな表情にも見える。
「―――嫌な夢を見るんだ」
吐き出された言葉は酷く重かった。
奴隷になって酷い仕打ちを受けている夢。
そんな仕打ちをする連中を憎々しく思っていた筈なのに、今度はその側に自分が立っている夢。
人を騙し、利用し、他人を好きなように操っている夢。
そして、ナツやエルザと闘っている夢。
そして、決まって最後は暗闇の中一人で立っているのだと言う。
話の中身は正直分からない。分かるのは、自分とジェラールが戦ったことがあるという事実だけだ。だから、それがジェラールの本当の過去による夢なのか断言することはできなかった。
夢に見る程苦しんでいる。今のジェラールからは悔やむ気持ちが伝わってきた。
「……、しょうがねーなぁ」
ナツも悪い夢を見るときはある。それは本当に稀だが、眠りたくないほど嫌な夢だ。けれど、そんな夢を見なくてもすむ方法も知っていた。
ぼふり
ベッドに倒れこむ様に横になると、ジェラールが驚いたように目を見開く。ナツの顔のすぐ傍にジェラールの顔があった。
「一緒に寝れば、嫌な夢みないだろ?」
男同士で一つのベッドなんて薄ら寒いものがあるかもしれないが、少なくともナツは誰かと一緒に寝ると嫌な夢を見なくて済むと経験上知っていた。経験と言っても、ナツの場合一緒に寝るのは養父かハッピーだったから、少し違うかもしれない。流石に気持ち悪いかもしれないと思って、なるべく距離は置いているつもりだ。
「な、ナツ……」
「俺も眠いから、早く寝ちまえよ」
軽く欠伸をすると、ジェラールの体温で温まった布団に潜り込んで目を瞑った。幸い隣にはもう一つベッドもある。嫌ならそっちに行くだろう。
とにかく寝るにしろ寝ないにしろジェラールを休ませたかった。
それにナツ自身、仕事や移動で溜まった程良い疲れもあり、ベッドを前にして眠気が出てきたこともあった。
困ったような顔をしているジェラールを余所に、ナツは心地よいまどろみに身を任せることにした。
次第に沈んでいく意識の中、伸ばされた腕のことなど気づかずに。
***
―――思えばあの時あんな事をしてしまったからこんな状態になっているんだろう。
ナツはジェラールに抱きしめられながらベッドに横になっていた。体勢的に寝にくくて仕方ない。ジェラールもどうしてこんな寝にくい体制で爆睡できるのか。それだけ寝不足だったというのならそれまでだが、巻き込まれているナツにはとんだとばっちりだ。
「早く一人で寝られるようになれよな」
深海の様に落ち着いた青い髪を撫でてやると、さらりとした感触が指の間を通った。
微かに力が入っていた眉間から力が抜けたのを見届けると、ナツは口元を緩ませた。自分よりも年上なのに、子供の様なジェラール。可愛いと思ってしまうのはおかしなことだろうか。
迷惑だ迷惑だと言いながらも世話を焼いてしまうのは、まるで弟ができたような気分だからかもしれない。
胸がこう温かくなるのも、きっとその所為だ。
ジェラールの胸に頭を預る。そうすると、心地のいい温かさが眠気を誘発させた。
ジェラールは自分といると落ち着くと言った。あの時は戸惑ったけれど、どういう事なのか今なら分かる。自分もまたジェラールと一緒にいると落ち着くのだ。まるで身体に入っていた力が一気に抜けていくように、優しい気分になれる。
それはきっと他の誰でもない、ジェラールがいるおかげなのだと思う。
今はまだ気づく事のない仄かに灯る想いを胸に抱きながら、そっと目を閉じ、襲い来る優しい睡魔にナツもまた身を委ねたのだった。
END
ジェラナツだと言い張る。
過去編はこれにて終了です。