FT短編2

□嘘は箱に詰めて
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ジェラナツ部屋の『間違いだらけの模範解答』からの派生話。
あちらはあちらで別なENDがあるのでこっちは別ルート的なお話として見ていただければ^^!
















酷い雨が降っていた。


ザァアアとけたたましく滴が道路を叩き、他の一切の音を潰している。足を動かすたびに靴の中に水が浸入して気持ちが悪い。この湿った空気も相まって、グレイの気分を下降させていた。

不機嫌の理由は何も雨のせいだけではない。雨が降っているというならば鬱陶しいと思うだけで、こんなにも胸に鉛がつかえたような気分になる筈がないのだ。一つだけその原因が思い当って深い溜息を吐いた。

高校生活2年目に行われるクラス替えで、今年から同じクラスになったナツ。桜色の髪を持つ少女の事を思い浮かべる。

グレイは入学当初からナツのことを知っていた――と言ってもそれは遠目に垣間見たり、噂話だったが。

一つ上の学年に学校一の才色兼備と名高いエルザを姉に持っていることと、その姉と並び立って人気の生徒会長のジェラールと幼馴染。学園で有名な二人と密接な関わりを持っているナツに、様々な視線が集まるのは当然の事。それだけ目立っているのだからグレイが知っていたのも当然の事だった。


「あいつ、元気なかったな……」


ぽつりと囁いた言葉が雨の音で掻き消える。

ナツとはどうしてか馬が合わず、新学期初日から今日に至るまで毎日のように喧嘩をしていた。

ほぼ日課のようになっている喧嘩が、今日は少し様子がおかしかった。グレイが食ってかかるといつもと同じように言葉の応酬が始まったが、今日のナツは心ここに在らずとでもいうように覇気がなかった。クラスの連中が気付いていなかったようだが、グレイはその微々たる違いに目敏く気付いていた。

そしてグレイが感じた違和感は的中し、いつも放課後はルーシィと一緒に帰っている筈が、用があると言って一人足早に帰っていったのだ。

ナツの様子がおかしかった。ただそれだけのことでこうも調子が出ないのは何故か。それを心の端でうすうすと気付いてはいたが、気の所為であってほしいと思う。


(あいつには……)


少し前に見た、生徒会長とナツが一緒にいる光景が脳裏を過ぎる。楽しそうに笑いあう二人。ジェラールに向ける見た事のないナツの優しい笑みがグレイの胸を緩やかに締め付けた。


(いくらなんでも、これはねぇよ)


想いに気付いたと同時に、グレイはすべてを失った。最初から叶わない恋をしているなんて笑えない冗談だ。苦笑するにもこの想いは重すぎて、力なく地面に視線を落とした。


「これは、」


視線の先、足元に古ぼけた髪留めが目に入る。何処かで見た事のあるデザインだ。安っぽい桜の花のモチーフがあしらわれたそれは、金属部分が殆どはがれてしまっている。


(あいつの、か?)


似た様なものを鞄に付けていたのを覚えている。あまりにも古くて幼いデザインだったからそれをネタにからかった事があったのだ。その時酷く傷ついたような顔をしていたから、それ以来これについて触れることはなかった。

これがこんな所に落ちているとなると、今日様子がおかしかった事に関係しているのかもしれない。

明日にでも返してやろう。そうしたら、生徒会長に向けるような笑顔を自分にも向けてくれるだろうか。そんな当てもない事を考えながら、付着した水を払ってポケットに押し込んだ。








***









叶わない恋を終わらせるにはどうしたらいい。

そんな事を幾度となく考えても答えなどでなかった。諦めようと思っても、顔を見るたび、声を聞くたび――優しい笑みを見るたびに好きになる。でも、ジェラールが同じ想いを向けてくれる筈がなくて、苦しくて仕方なかった。

ぱしゃりと水しぶきを立てて、水に沈んだ金属に駆け寄っては違うと肩を落とす。
雨の中地面を見つめて歩くたび、水たまりに酷い顔が映った。

小さい頃、ジェラールに初めて貰ったプレゼントの髪留め。古くなりすぎて髪に付けるのが無理になっても、それでもずっと持っていたいからとバックにつけていた。家を出る前はきちんと付けられていたのに、学校に付いたらなくなっていたのだ。

焦燥から終礼と同時に学校を飛び出して、朝歩いた道をくまなく探しているけれど、どうしても見つからない。叶わない想いなど早く捨ててしまえと暗に言われているようで、ナツは溜息を吐いた。

箱の中に大切に仕舞いこんでいれば良かったのだ。心の箱に閉じ込めたこの想いと同じ様に。そうすれば落とす事もなかったし、こんなに悲しい気持ちになる事もなかった。どうしても身に付けていたかったのは、隠しきれない想いの現れだろうか。

通り過ぎようとした木にカツンと傘がぶつかり、そのまま力なく落下する。

ころころと傘が転がって、拾わなければと思いながらもナツはその場で立ち止まったまま動けなかった。雨がぼたぼたと身体を打つたび、制服に水が染みて重みを増すが、それでも傘に手を伸ばす気になれない。

―――もう諦めろよ

頭の中で囁く冷静な自分。
エルザに敵うはずない。ジェラールが優しいのは皆に対してだし、気にかけてくれているように思うのはエルザの妹だからだ。

(でも、まだ……)

好きでいたいと思うのは、幼い自分。いつか自分を見てくれるんじゃないか、なんて酷く可能性の低い希望に縋りついていて離れられない。それが今のぬるま湯のような関係が原因なのは分かっている。付き合っているのか分からないエルザとジェラールに、兄と妹の様な関係を保ったままのジェラールとナツ。

傘を地面に放置したまま木に寄りかかってしゃがみ込む。


この空の様に色をなくした想いが汚いもののように思えた。


諦めきれないのなら、こんな想い雨が全部洗い流してくれるといいのに。




落ちてくる雨がどうしてか心地よくて、静かに瞼を落とし、滴り落ちてくる雨に身を任せた。











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