FT短編2
□太陽に焦がれる
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ジュビアがグレイを見ている時、まるで当然のように横にいる彼。鮮やかな桜色は、グレイとはまるで対照的な存在のように思えた。
グレイの横にいるのは不自然だ――何度となくそう思ったけれど、露骨に感情を表した事はない。ジュビアのじめじめとした重い感情は、彼の前で何の意味も成さなかった。彼が笑うと、グレイも笑う。愛しい人が楽しそうにしているのをどうして邪魔などできるだろう。
彼が羨ましかった。
グレイと自然に向き合えて、彼を楽しそうに笑わせられて、楽しそうに喧嘩をして、時折愛しそうに細められたその視線の先にいられるから。
羨ましい、と思いながらジュビアはグレイと彼を見つめ続ける。その内、ジュビアの視線は自然に桜色を探すようになった。グレイを見つけると胸が騒ぐ、けれど彼を見つめてもまた胸が騒ぐ。ドクンドクンと水面が波打つように全身に広がるのは、一体何なのだろう。
ジュビアはグレイの事が好きだった、しかしナツを見ても好ましいと思っているのだ。
だが、思いだしてみるとジュビアはまともに彼と話した事がない。こんなにも近くにいるのに。その真実がチクリと心臓を突き刺す。
カウンターに仲良さ気に座っているグレイと彼を見つめ――
「ナツ、さん」
そっと名前を呟いてみた。小さな音はすぐにギルド中で消えてしまったけれど、ジュビアの心にはいつまでも響き続ける。二人から視線を逸らして、柱に背中を預けると胸に手をあてた。名前を呟いただけでトクントクンと脈打つのは、グレイに感じる熱いものとは違い温かくて優しいものだった。
これは恋だろうか。自分の胸に聞いてみるけれど、それは分からない。ジュビアはナツの事を何も知らないからだ。
「どーした?」
ふと聞き覚えのある声がして目を開けると、視界いっぱいに広がる桜の色。胸に押し当てたままの手にドクリと振動が伝わった。
「な、な、なっ!」
「あれ?いま呼ばなかったか?お前の声が聞こえたんだけど」
「呼んでなんていません!」
そっかー?おっかしいなー……と、言いながらグレイの所へ戻っていく。先ほどまで穏やかに振動していた筈の心臓が、手など当てなくても耳のすぐ裏でバクバクと脈打っている。
「具合悪いなら言えよ、ジュビア!」
「は、い……」
呟かれた言葉は聞こえただろうか。
きっと聞こえたに違いない。返事を聞いた時、彼は笑っていたから。思い出してみれば彼は滅竜魔導師なのだ。ガジルと同じで常人よりも五感が優れているから、例えギルドの騒音の中であろうと僅かな音も逃しはしない。それが自分の名前であるなら当然だ。
ジュビア、と彼は言った。
彼から名前を呼ばれた事は殆どないのだ。些細なことだけれど、こんなにも嬉しいのはどうしてだろう。
例えるなら彼は太陽だ。
グレイの背に映って見えた、あの時の太陽と同じ。ジュビアのずぶ濡れの心を優しく照らしてくれた。
恋なのかは分からない、けれどジュビアは確かにあの太陽に焦がれていた。
END