FT短編2

□遅めの一歩
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つい先日腐れ縁とも言える幼馴染から「付き合ってくれ」と言われた。


それに対し、ナツはベタに「何処に?」と聞き返した訳だが、呆れたような幼馴染が次に発した言葉でようやくその言葉の意図するものに気付いた。そもそも同じクラスにいるというのに屋上に呼び出された時点で気付くべきだったのかもしれない。






***






「で、好きだって言われたのよね」

「んー」


昼休みでがやがやと騒がしい教室内。
ナツは購買で買った弁当に夢中になりながら、気の抜けた返事を返した。


「付き合ってるのよね」


ルーシィは呆れた目をしながら、幸せそうに弁当のおかずを咀嚼するナツを見つめる。再三確認した事を今日もまた口にするが、ナツは気の抜けた声を出しながらただ頷くだけだった。


「なーんであんたはあたしの所でお昼食べてるのかしら」


お昼休みと言えば、授業に拘束される学生たちの息抜きの時間。そんな時間に少しでもいちゃいちゃしたいと思うのが恋人同士ではないのだろうか。とルーシィは自分の理想とナツの今の現状を比べてみた。


「だって昼はルーシィと一緒に食べるって決めてんだ。そっちのほうが楽しいしな!」


輝かんばかりの笑顔を見せられれ、きゅんと胸に響く。そんなナツの人懐っこいところやいちいち可愛い仕草は、同性の自分にも有効だ。勿論可愛いものを愛でたいという意味でだが。


「まああたしはいいのよ。あたしは・・・・・・」


恋人よりも自分を優先してくれるのはとても喜ばしい事だ。

今まで格式高い学校に通っていたルーシィは心許せる友達が殆どいなかったから、ナツのような友達ができたのは、まるで暗闇で光を見つけたようなものだった。


しかし、しかしだ。


ルーシィはきょとんとしているナツから徐々に視線を横へずらし、ナツの右斜めの教室の角にいる人物をこっそりと盗み見た。


(超見てるんですけどー!)


そこにいたのはナツの幼馴染のグレイ。先日ナツに告白した張本人だ。

異様な雰囲気を醸し出しながら目を据わらせている姿は見る者の恐怖心をかきたてる。今にも何をしでかすか分からない雰囲気を発していて、クラスメイト達も遠巻きにしていた。


「ね、ねえ、ナツはちゃんとグレイの事好き?」


付き合い始める前は大嫌いだと公言してならなかったが、そんなものは建前だとルーシィは知っていた。でなければ幼馴染などという関係なんてとうの昔に切れていた筈。


「嫌い、じゃねぇと思う」

「思うって、もう!それじゃあどうして付き合ってるのよ」

「なんでだろうな?」


ナツのあんまりな発言にルーシィは頭を抱えた。


「……グレイも苦労するわね」


いっそ哀れだわ、と窓の外を見つめるルーシィに、ナツは首を傾げた。








***







ルーシィにどうしてグレイと付き合っているのかと聞かれたが、何の答えも浮かばなかった。


告白して来た時のグレイがあんまり必死に言うから、ただ勢いに負けて頷いてしまった、というのが付き合う事になった経緯だ。頷いただけで、ナツは未だに好きだとかそういった甘い台詞を吐いた事はない。だからナツの中でグレイの位置は未だ幼馴染であって、恋人だとかそんな関係を意識したことは一度たりともなかった。

持ち主不在の部屋でごろりとベッドに転がる。
素足に触れるシーツの感触がたまらなく気持ちよくて、思わずこのまま眠ってしまいそうだ。

この部屋の持ち主はグレイだ。こうして学校から帰ったらグレイの家に行くのはいつもの事。今まであまり意識した事はなかったが、考えてみるとグレイと一緒にいる時間は父を除けばだれよりも多かった。

恋人になって変わったことと言えば、ここ数年頑なに通してくれなかったグレイの部屋に入れるようになったことだろう。そう言えば入れてくれなくなった頃は、どうして入れてくれないのかと喧嘩になったな、と思いだして頬が緩む。


冷房のきいた部屋は居心地が良くて、段々眠くなってきてしまった。


うとうとと、優しく襲い来る眠気に負けそうになっていた時、ドアが開く音が聞こえ、枕に顔を埋めながらゆっくりと視線を向ける。そこには目を見開いているグレイが立っていた。


「つか人ん家でくつろぎ過ぎだろ……」

「いーじゃん別によ。あ、ちゃんと靴下は脱いでるぞ」

「そう言う問題じゃねぇって!」


いきなり荒げられた声に驚いてびくっと肩が跳ねる。わり、とグレイがすぐに謝るから怒っていないのだというのは分かった。


「じゃあ何でだよ」

「何でって、そりゃ、お前……っ」


今までだってリビングのソファで寝たりしたこともあったのに、どうしてそんなに挙動不審になるのだろう。ナツに向けられていた視線が不自然に逸らされる。


「っちょっと、下で煙草吸ってくる」


その視線はナツに戻される事はなく、グレイは今入ってきたばかりのドアを再び開けて出て行った。階段を下りる規則的な音を聞き届けながら、ナツは再び枕に顔を埋める。


「――……変なヤツ」


何かモヤモヤと曇ったような気分を感じながら、まあいいかと横にある本棚から適当に本を抜き取った。


冷房の音とぱらぱらとページをめくる音だけが部屋に響く。


グレイの部屋にある本はもう殆ど読みつくしてしまっているからつまらない。構ってくれる相手がいなくて、すっかり手持ち無沙汰になってしまった。こうなったらずっと前から目論んでいたエロ本探しでも始めてやろうか。


(……やめた)


何となく気分が乗らず、ナツはごろりと仰向けに転がった。そして、改めてぐるりと部屋を見渡してみる。

グレイの部屋はあまり物が置かれていない。先ほどの本棚、タンス、クローゼット、ベッド、テーブルくらいしかないような殺風景な部屋だ。目立つ所といえばタンスの上に大きめのオーディオが置いてある事位だろう。

ごろりと転がってうつ伏せになると、人工的な香りにのってグレイの匂いがした。


(そういやあいつが香水付け始めたのいつだっけ……)


確か、高校に上がってからだっただろうか。正直この人工的な匂いは好きではなかったが、今では慣れてきてそれほど嫌だとは思わなくなった。


(この部屋だって昔はおもちゃだらけだったのに)


幼いころだがもちろんこの部屋でだって遊んだことがある。壁には子供のころに喧嘩して付いた傷が残っていたりして、思わず懐かしい気分になりナツはそっと笑みを浮かべた。


「なぁに一人で笑ってんだよ」

「お、戻ってきた」


ベッドから起き上がると、グレイが訝しげな顔をしながら入ってくる。空気の流れに乗って微かに煙草のにおいがした。


「なあ、あの傷覚えてるか?」

「あ?ああ、あれな」


ベッドの近くにある壁の少し大きめの傷を指差すと、それを見たグレイが僅かに苦肉を噛んだような顔をする。どうしてグレイがそんな顔をするのか分からず首を傾げると、グレイが口を開いた。


「昔、オレが投げたおもちゃがここに当たって血が出たって大泣きしただろお前」


グレイは自分の項をとんとんと指で指し示すと、ナツはその指し示された同じ箇所を手で押さえ、首を傾げる。


「そうだっけ?」

「忘れてんのかよ……」

「いや、まて……あ、あー思いだした!」


じわじわとおぼろけながら頭に浮かんできた昔の思い出。喧嘩なんて日常茶飯事だったから内容なんて殆ど覚えていないが、たしかに項に怪我をしたことがあった。


「でもよ、泣いてたっけ?」

「びーびー泣いてたな」


子供なんて本能のカタマリのようなものだ。即発的で何も考えずに行動するから、ちょっとしたことが原因で大事に至る。その時のグレイは正にそれを表していて、ちょっとしたことで頭に来て転がっているおもちゃをナツに向かって投げつけてしまったのだ。

目を瞑って投げたそれが当たるとは微塵も思っていなかった。しかし結果的にそれはナツを傷つけ、壁には消えない傷を残す事になった。


「何だよ、お前まさかまだ気にしてたのか?」

「悪ィかよ」


何気なく言った事だったが、大当たりだったらしい。傷を付けられた本人でさえ忘れかけていたのに、そこまで気にしているとは思いもしなかった。


「気にすんな!傷なんてもう消えちまってるし」


他意はなかった。証拠良く見せる為にグレイに近づいて、ちょっと襟をずらしただけなのに。グレイは驚いて後退りしたのだ。


「だ、だから!お前そういうこと軽々しくすんなって!」

「何だよちゃんと証拠見せようとしただけだろ!」


ただ見せようとしただけなのに、流石にそこまで拒否反応を示されるのは少しショックだった。仕方なくナツが襟を整えようとすると、不意にその手をグレイが掴む。はっとして目を向けると、熱っぽい様な黒い瞳がすぐ近くにあった。


「お前があんまり今の状況理解してねぇのは分かってんだけど……」


吐息交じりに吐かれた言葉は、いつもより幾分低い気がする。


「俺を煽るようなことすんなよ」


はっと気付くと、近かったグレイの顔が更に付かづいてきた。鼻先が触れたと認識した途端、唇に柔らかい感触がする。じんと熱をもった唇が何度も啄ばむ様に触れてきて、そのたびに擽ったいような痺れるような感覚が唇を伝う。


「ナツ……」


低い声が鼓膜を震わせた。

頬を挟む手がするりと頬を撫でて、徐々に下へと下がってくる。その手は止まることなく、片方の手でぐっと腰を抱き寄せられ、顔がグレイの胸板に当たった。滑り落ちるもう片方の手がやがて小さな膨らみへと落ちそうになった瞬間、ナツははっとして勢いよく飛び退き、ベッドヘッドへとずり下がった。


「あ、な、お、おまっ」


触れられた唇を腕で隠し、グレイを見つめる。


「付き合うってのはこういう事だろ」


グレイの頬が少し赤かった。それにつられるようにナツは全身がかっと熱くなる。


「あ、お、オレ帰る!」


置いてあったカバンを拾い上げてグレイの家を飛び出した。身体の中から直接ノックされているように心臓が音を立てる。

自分よりもずっと大きく力強かった手。グレイの腕に簡単に引き寄せられた自分。生々しい唇の感触。男と女の違いというものを身を持って理解する。

今まで幼馴染から脱し切れていなかったナツに、恋人という関係が急に現実味を帯び、重くのしかかった瞬間だった。





***





翌朝登校したルーシィは、朝からグレイに強烈な視線を浴びせられてげんなりとしていた。


(だから超見られてるんですけどー!)


原因と言うのはやはりナツだ。今朝からずっとグレイに近づこうとせず、ルーシィにべったりで、もんもんと頭を悩ませている。


「ルーシィどうしよう、あいつの顔まともに見れねぇ……!」


グレイを見るたびに顔を真っ赤にしながらうろたえているナツは正直言って物凄く可愛い。いったい昨日何があったというのだろう。大方の想像はつくけれど、ナツは頑なに話してくれなかった。


「お、オレあいつのこと好きかもしんない」

「今更!?」


机に伏していた顔を少し上げて、恥ずかしそうに呟かれた台詞は離れていたグレイにも届いたようだ。顔を真っ赤にしながら食い入るようにナツを見つめている。

気付くのが遅い!と思いながら、これから歩み寄っていくのであろう二人に、ルーシィは笑みを浮かべ「あーあ、あたしも彼氏欲しいなぁ」と呟いたのだった。








END
















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