FT短編2

□例えばそれは夢のような時間
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失った記憶と毎夜訪れる悪夢に苛まれていたジェラールにとって、ナツと共にいるようになってからの時間はまるで夢のように幸福な時間だった。


「かわいい」


ジェラールが作った朝食をおいしそうに口に運ぶナツを見て、殆ど無意識で呟く。ナツは呆れた様な眼を向けて、食事の手を止めた。


「お前は、また……そーいうのは女に言うもんだろ」

「俺は正直に言っただけなんだが・・・。それに、かわいいを男に適用してはならないという決まりはないだろう」

「じゃあお前の眼がおかしいんだ」


俺は可愛くない、と言いながら再び食事を再開する。先ほど言われたばかりだが、ナツの仕草一つ一つが可愛く見えて、今度は心の中でかわいいと呟いた。

お人好しなナツ。

償いきれないほどの罪を犯した自分をこんなにも近くに置いて、気を許す。だからこうして甘えてしまいたくなる。

ナツはいったいどこまで許してくれるのだろうか。

もしも……もしも、その身体を抱こうとしたら――ナツはどうするのだろう。


「ジェラール?」

「……ああ、なんでもない」


甘えている、と自分でも思う。最初はナツと一緒だと何故か落ち着いて眠りにつく事が出来た。かといって誰か別の人間で為した事などないから、人の体温を感じられれば何でもいいのか、ナツだけなのか分からない。けれど他の誰かで為しても無駄なような気がしていた。

本当に心から気を許せるのは、ある意味ナツ以外にいないような気がした。だから試す気も起きない。



一瞬、脳裏に赤く靡く長い髪が目に浮かぶ。鮮やかなスカーレットはまるで焼きつくようにジェラールに残っていた。断片的に残る悲しげな表情が、胸の奥をざわめかせる。



罪悪感に押し潰されそうだった。



「ナツ、今日ハッピーは?」

「……昨日からルーシィとクエストだ。ちょっと遠いから帰ってくんのは明日だって」

「じゃあ、今日も泊って構わないか?」


一呼吸置かれた後、こくりと頷き薄く口を開いた。


「まだ一人じゃ眠れないのか?」


静かに呟かれたナツの言葉に、ドキリと胸が鳴る。

やはり、これ以上は無理なのだろうか。いつか言われることと覚悟していたが、まだ手放したくない。

――そう思っているどこまでも甘えたな自分に胸の中で嘲笑した。


「ナツ、迷惑だったら俺は……」


もうここには来ない。思ってもいない言葉を吐き出すのは酷く滑稽だ。


「違う!ただ……俺はいいんだ、だけど」


ジェラールから目を逸らすナツは酷く悲しげな、罪悪感を訴えるような瞳をしていた。ナツが今思っているのは彼女のことだとすぐにわかり、その続きを聞きたくなくてナツの唇を塞ぎ、言葉を遮る。


「っ……何でこんなことするんだよ」


毎夜のようにする口付けも今の口付けの意味も、ナツは何も知らない。ジェラールの気持ちは少しも言葉にして伝えた事がなかったからだ。


「ナツ」


ジェラールは何も言えず、ただ名前だけを口にした。


「ご、めん……今の忘れてくれ」


気不味いように瞳を揺らせた後、ナツはジェラールと目を合わせる。


「今日、待ってるからな」


心の内を隠しながら、ただジェラールを安心させる様に笑うナツに、鳩尾の辺りが疼いた。

甘えている。これ以上ないくらい、自分はナツに甘えて――そして傷つけている。


「今日は一緒にギルドに行こうか」


先に出ようとしたナツの手を取って、引きとめる。


「おお」


ああ、自分はこの笑顔を見れるだけで幸せなのに――たったこれだけで夢のような時間だというのに。それ以上を望んでしまっている。

悪夢の中に出てきた、髪よりもずっと紅い池に沈む彼女が目に浮かぶ。そして彼女を隠す様に立ちはだかり――自分と強く目を合わせてくる桜色。鮮やかな光。紅い炎がジェラールの世界を焼きつくし、終わるナイトメア。




掴んだ光を離さないように、自分のものよりも小さな手をキツク握り締めた。






END












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