長編
□あなたのためにできること
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※R指定予定
※ナツが女の子
※双竜がフェアリーテイルに加入しています
青い瞳が見つめる先はリクエストボード、ではなく、その前に立って仕事を探している憧れの人の姿だった。
リクエストボードを見ながら相棒のハッピーと話しをしつつ、張ってある紙をいくつか剥がしては内容を吟味しているようだ。そんな様子をぼうっと見ていてふと思う。妖精の尻尾に加入してしばらく経つが、彼女――ナツと一緒に仕事をするという願いは未だ叶っていない。スティングが誘う前にルーシィと組んで仕事に行ってしまうからだ。
「誘いたいのなら誘えばいい」
「うぐっ」
隣にいたローグに呆れたように言われ、ぎくっと身体が震えた。
ナツを見つめる目に熱が入りはじめたのに気付かれてしまったらしい。
「そうですよ、今仕事を選んでるみたいですし、絶好のチャンスです!」
ルーシィ君もいませんし、とレクターに言われてギルド内を見渡すと確かに彼女の姿はない。
「今日はレビィとお仕事行くって、フローきーたよ」
「まじでか」
フロッシュからの思わぬ情報に内心歓喜に包まれる。それと同時に緊張で身体が強張っていた。
そう、これは絶好のチャンスだ。これを逃したら、次はいつ機会があるか分からない。
でも断られたらどうしよう。
そんな事を思ってしまう自分の情けなさに頭を抱えたくなる。
「さあスティング君!」
輝く目でレクターに後押しされ、フロッシュは何を考えているのか分からない目で見上げてくる。
ローグはさっさといけこのグズと目が語っていた。
これまでのもだもだした状況に余程苛立ちを募らせていたらしい。
そんな気迫のこもった彼らからの眼差しに、スティングはようやく一歩を踏み出した。
「あ、あの……ナツさん!」
「んあ?おおスティングじゃねぇか。どした?」
きょとん、とした無防備な表情があまりに可愛くて心臓が跳ねあがる。
握り締めた手に汗がにじんでくるのを感じ、余計に緊張が高まった。
「おおおオレと組んで、仕事に行きませんか!」
「え?……んーどうすっかなぁ、ルーシィが戻ってくるかもしんねぇし」
緊張のあまりどもったうえ敬語になってしまったのだが、気にした様子もなく考え込む。
沈黙がながれる中、極度の緊張にごくりと喉が鳴る。そんな時。
「ナツぅ。ルーシィもいないし、たまには別な人と一緒に行くのもいいんじゃない?」
鶴の一声ならぬ猫の一声がスティングに幸福をもたらした。
ナツはその言葉にぱちりと瞬きし、
「……ん!そうだな。おっし、じゃあ一緒に行くか」
そう口にして破顔した。
スティングは一瞬呆けたあと、満面の笑みで後ろで見守っていた相棒達へ振り返る。
オレはやったぞ!とこれまでに類を見ないほどのドヤ顔を晒すと、ローグはやれやれと呆れたように溜息を吐いた。
仕事に誘えたなんて小さすぎる進展でこれだけ喜ぶとは、と先が思いやられる。
「そういや、ローグはいいのか?」
「オレは遠慮しておく。お前達だけで行ってくるといい」
「フローもローグと一緒いるー」
人の恋路は何とやら、だ。
そんな気の利いた行動にスティングがさんきゅと口だけを動かすと、ローグは口元を緩ませた。
「そっか。じゃあオレとハッピーとスティングとレクターだな、二人ともよろしくな」
「こっちこそ、よろしく!」
「よろしくお願いします。ナツくんハッピーくん」
「あい、よろしくねー」
それから、適当な仕事を見つくろうと四人は揃ってギルドを後にした。
隣を歩くナツに、スティングは顔がにやけそうになるのを耐えていた。
どんなにか夢見たこの瞬間。表情だけは普通を取繕いながらも気分はすっかり舞い上がってしまっていた。
「もうギルドには慣れたか?」
「うん、ナツさんのおかげでだいぶね。ローグもかなり慣れてきたみたいだし」
「ボクももう大丈夫ですよ!はい!」
「そうか!それならよかった」
ねー、と言い合うレクターとハッピーを見てナツが口元を緩ませる。その優しい顔にスティングの心臓は飛び跳ねた。駄目だ落ち付けと内心唱えるとざわめく鼓動が少しずつ治まっていき、ほっと息を吐いた。これくらいでドキドキしていたらきっと後が持たない。
「まあ、お前らは結構人懐っこいもんな」
「いや、それはナツさんにだけというか……」
「ん?」
「いや!なんでも」
実はローグはローグでナツに心開いている。最初こそガジルにだけ傾倒していたが、一戦交えてからはナツも尊敬の対象に入ったようだ。もともと人とは間に一線引いて付き合うようなタイプの筈が、ナツやガジルには随分と積極的に話しかけている。ローグにその気はないだろうが、好きな相手に他の男が親しくしようとしているのを見てもやもやと心が落ち着かないのは仕方ない。
依頼人の家が近くに見えてきて、ナツはリクエストボードから剥がした紙を広げる。そこには報酬20万Jの魔物の討伐の依頼内容が書かれており、横に小さく『女性限定』の文字があった。
「それにしても、魔物討伐に女限定って何か変だよなぁ」
「そうだよね。男の魔導士を指定するときはあるけど、女の人限定って……は!まさか依頼人がスケベ親父とか!」
「なにー!!」
「ま、まずいですよスティング君!」
ハッピーの言葉にスティングは雷に打たれたような衝撃を受ける。
――依頼人に会いに行くナツ。そこには脂ぎった中年の男がソファに座って煙草を吸っている。こっちへ来いと男に言われ、依頼人に逆らえないナツはそろりと恐る恐る近づく……しかし、急に手を取られバランスを崩した細い身体はソファの上へと倒れ込んだ。どっしりとした男に組み敷かれ、ナツは引きつった声を上げる。か細い声は男の嗜虐心を刺激するばかり。男は慎ましい胸を隠したさらしに手を掛けると強引に引き裂いた。「いやあっ、助けてスティング!」今はいない青年に助けを請うナツに、無情な現実が襲いかかろうとしていた――
脳裏に過ぎった情景、その間2秒。
「それは駄目だ!帰ろうナツさん、今すぐに!」
「そうです、別なお仕事にしましょう!」
ナツが他の男にいやらしい目で見られるだけでも耐えがたいのに、その肌に触れるなんて!あるかも分からない事を想像し、スティングはぐしゃりと依頼書を握りしめた。
「いや、なんでお前らがそんな反応すんだよ」
「きっと変な妄想したんだよ」
妄想の元凶であるハッピーはしれっとした顔で言う。
「大丈夫だって。そんなモノ好きいねぇから」
ナツはまるで危機感のない様子で笑うが、そのモノ好きがここにいますとスティングは声高らかに宣言したかった。
「ナツは自分の事女の子って思ってないから仕方ないよ」
ハッピーに耳打ちされ、憐みの眼差しを贈られる。一連の流れに引っかかりを感じ恐る恐る口を開いた。
「……もしかして、バレてる?」
「バレバレだよ」
「というかあからさまです。気付いてないのはナツ君くらいですよ、はい」
「ああ……そう、」
子供に隠し事がバレた様な、居た堪れない感覚に脱力した。
「じゃあ、とりあえずオレだけで行ってくるけどいいよな?」
「それはダメー!!」
スティングは項垂れていた上体を勢いよく起こすと、行かせまいと両手でナツの肩を掴んだ。あ、肩細い、なんてちょっとときめいてしまったが、今はその余韻に浸ることはできない。
女性限定というからには、男であるスティングが依頼人を直接訪ねるわけにもいかない。しかしナツを一人で行かせるのは不安が残る。それは全員の共通認識だった。ハッピーと目が合うとスティングは力強く頷いた。
「オイラも一緒に行くよ!猫だから性別関係ないよね」
「その案乗った!レクターお前もナツさんに付いて行ってくれ」
「わかりました!スティング君の為にもナツ君を守ってみせます!」
「頼んだぜ、相棒」
大事な仕事を任されたレクターは、きりりと目を吊り上げて羽を広げるとナツの横へと並んだ。
「別にオレ一人でいいのになぁ」
ナツは腑に落ちないと言うように顔を顰めさせながらも、依頼人のいる屋敷へと向かった。
依頼人の屋敷の門前に来た頃、スティングだけが立ち止まる。ここからは入れないからだ。
「……変な依頼人も多いから、気を付けてね」
「お前らも心配症だなぁ。ま、気を付けるよ。んじゃ行ってくるな」
「い、いってらっしゃい」
何だか夫婦みたいな会話だな、なんて照れくさくなる。どっちがどっちなんて気にしてはいけない。ぎぃっと古びた蝶番の音を立てて門の向こうへと行ってしまうナツ達の姿を見送りながら、何事もないように祈るしかできなかった。