長編

□あなたのためにできること2
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暫く経った頃、三人は何事もなく戻ってきた。
どうやら依頼人は女性だったようで、自分の妄想が杞憂に終わってスティングは安堵した。
女性を指定したのは、大方男が苦手だからとかそんな理由だろう。



4人が魔物の住まう森へと足を踏み入れると、数分もせずに討伐対象が現れた。
探す手間もなく現れ、ナツは嬉々として我先にと炎を纏って敵へと向かう。拳を叩きこむとナツの何倍もの体躯を持つ魔物がおもしろいほどふっ飛ばされた。


「やっぱりすげぇ」


感嘆の息を漏らし青い瞳が見つめる先には、赤く熱い炎の中をまるで舞うように、けれど力強く敵を迎撃するその姿。

圧倒される。

業火を纏った拳が自分よりも何倍も大きい魔物を蹴散らしていく様にスティングは身体が煮え立つように熱くなっていくのを感じた。


「オレも負けてらんねぇな!」


己の元に光が集まると、スティングもまた戦いの中へと身を投じた。
かつては己の身を焼いた炎は、今度は守るように燃え上がっている。次第に合っていく息にスティングもナツも笑みを浮かべていた。


「スティング君楽しそうです」

「ナツもです。あんなに楽しそうなの久しぶりに見たよ」


相棒のエクシードは木陰の中から二人の戦いを見て、互いに笑い合う。
ずっと憧れていた人と背中合わせで戦える、それをスティングがどれほど望んでいたか、レクターは知っている。だからよりいっそう嬉しく思った。

どおん、と最後の魔物が力なく倒れ、その重量で地面が揺れる。
焼け焦げた大地と、なぎ倒された木々が戦いの凄まじさを物語っていた。


「ふぃ〜これ終わりか」

「そうみたい。もう気配もないし」


辺りには倒れ伏した魔物の群れ。楽しい戦いの時間はあっという間に終わりを告げた。弱い魔物ではけしてなかったが、あまりに二人が強すぎたのだ。

あとはもう依頼人に報告してギルドに帰るだけだ。

あまりにあっけない終わりにスティングは落胆を隠せなかった。


「スティング」


乱れたマフラーを整えながら上機嫌な声が降ってきた。
スティングは気落ちした姿を隠せないまま琥珀の目を見つめると、


「また一緒のクエスト行こうな!」


ナツは、そう言って満面の笑みを浮かべた。


「もちろん!」


そう、これ一度きりじゃない。これからも妖精の尻尾に居続ける限り、一緒に仕事に行く機会はこれからだってあるのだ。




***




依頼人の屋敷に戻ると、さっきは大丈夫だったからと、ナツはハッピーだけを連れて中へと入っていった。
残ったスティングとレクターはその背中を見送ると、会話に花を咲かせた。


「楽しそうでしたね、スティング君」

「そりゃあな。ナツさんと闘うのずっと憧れてたしなぁ」

「ようやく叶いましたね、はい!」


せっかく妖精の尻尾に入ったのに、いつになったらナツを誘えるのか、もしかしてそんな日は一生来ないんじゃないかとレクターはひやひやさせられていたのだ。


「本当に長い月日でした。ローグ君達にもいい報告ができそうです!」


レクターの感極まったような目にスティングからはかわいた笑みが漏れる。どうやらかなり心配をかけていたらしい。


「それにしても、ナツ君達遅いですねぇ」


急に表情が変わったレクターに、スティングも眉を顰める。


「そうだな」


屋敷を見ると、最初来た時は浮かれてあまり気にしていなかったが、やけに暗いような趣だ。女性が暮らしているというわりに、趣味が悪いというか――まるでおとぎ話に出てくる悪い魔女がいそうな屋敷だ。
訪れた時は殆ど時間を取られずにナツは戻ってきたが、今はその倍はかかっている。

何かあったのか。

じわじわと胸騒ぎがして敷地に踏み入ろうとしたその時、待ち焦がれていたナツが見えた。しかし、出てきたのは最初に入った扉からではなく、屋敷の裏手の方からだった。


「早く帰るぞ」


ナツは出てきて早々、スティングが口を開く前にそう言うと、足早に元の道を戻ろうとする。


「ナツさん、どうしたの?」

「な、何かあったんですか?」


ナツの様子にただならないものを感じつつ、スティングとレクターは後を追う。
問いには答えないナツに、スティングは慌てて飛んできたハッピーを捕まえると何事かと問いただした。


「それが……」

「ハッピー!」

「あい!言いませんっ」


ハッピーは経緯を説明しようとしたがナツの怒鳴り声に阻まれて身を竦ませた。スティング達の驚いた様子にハッとすると、ナツは立ち止まって罰の悪そうな顔をする。


「わりぃな、いきなり……なんでもねぇから帰ろーぜ」


そう言っていつもの笑みを浮かべたが、スティングにはそれが取繕った笑みだということがすぐに分かった。事情を知っているだろうハッピーは俯いたままナツの横を飛んでいる。今はこうなった理由を聞き出せそうもなかった。
しかし、何かがあったのは聞くまでもなく明らかだ。何か変わった様子はないかと注意深くナツを見ると、ふと足元が目に付いた。

「……ナツさん、もしかして具合悪いのか?」
「っ!」

スティングからの指摘にナツはギクリと身体を強張らせる。


「そう言えば、何だか足元がおぼつかないような気がしますね」


レクターが心配そうにナツの顔を覗き見ると、きゅっと口元を結んで何か堪えているように見えた。


「そうだナツ!少し宿屋で休んでいかない?オイラ疲れちゃったよ」

「そ、うだな。そうするか……スティング、レクター、いいか?」


悠々と羽を伸ばしているハッピーはどこも疲れているようには見えない。素直に具合が悪いとは言えない相棒を気遣っての言葉だったのだろう。


「いいよ。確かここに来る途中宿屋があったからそこに泊ろう」

「近くに宿屋があってよかったですね、はい!」


そう言うと、ナツは安心した表情を浮かべた。
スティングは眉を寄せながら前を歩くナツを見つめる。


(なんで頼ってくれないんだ)


自分が頼りないからか、ナツより弱いからか。そう不満が募る。強い彼女に憧れているのは事実。でも弱っている彼女を助けたい、支えたいと思うのは憧れ以上に彼女に惹かれているからだ。


(……助けを求められないなら、オレが手を伸ばせばいい)


さっきのハッピーのように。

ナツが求めずとも、助けられるように。











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