長編

□あなたのためにできること5
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ギルドに来るとそこには何の変哲もない光景が広がっていた。昼間から飲んだくれてるマカオ達や、相変わらず変な踊りを踊っているビジターや、リクエストボードの前をうろうろ徘徊しているナブなど。

その中にスティングやレクターの姿はなく、ナツはほっとしたような残念なような複雑な思いを抱く。


「あ、ナツ。ローグがいるよ」


ハッピーの見つめる先で、ローグとフロッシュは他のメンバーに混じって食事を取っていた。

二人がナツ達に気付くと、ナツは気易く手を上げて二人のいるテーブルに近づいて行く。その間に周囲を見渡してみるが、やはりスティングとレクターの姿はなかった。


「なあ、スティング達は?」

「あいつらはまだギルドに来ていない。言っておくがオレも四六時中一緒にいる訳じゃないぞ」

「そーだよな。ははは」


双竜だけにセットで考えていたナツとハッピーは、不満そうな顔をするローグに乾いた笑みで誤魔化した。


「ナツ。きょどーふしん?だよ」


フロッシュはまんまるな目を瞬かせながら首を傾げて言う。突然の指摘にナツはぎくりと身体が揺れた。
傍から見るとナツの挙動は僅かに硬く、どこか緊張しているようにも見える。
フロッシュは幼い言動が目立つが人の事を良く見ているのだろう。


「この間のクエストで何かあったのか?」


フロッシュに言われるまでもなくローグもナツの挙動が不自然なのに気付いていた様で、どこか心配そうな面持ちで覗きこんでくる。スティングが何かしたのか、とそう問われナツは慌てて首を振った。


「あー……ちょっとあいつに迷惑かけちまったから、謝りたいと思ってさ」

「あい。でもまだ来てないならどうしよっか」


ナツはハッピーと顔を見合わせると、うーんと考え込むように唸った。

ギルドに来るのを待つかと考え始めていると、ローグが紙にさっと何かを書き込み、ナツへと差し出す。


「あいつの家だ。用があるならここに行くといい」


受け取ってみるとギルドからスティングの家への簡単な地図が描かれていた。


「おおっすげぇ分かりやすい!ありがとな!お前ホントいい奴だなぁ」

「フローもそーもう!」


ナツとフロッシュに褒められ、ローグの耳が僅かに赤く染まる。


「照れてぇる」

「い、いいから早く行け!」


ハッピーからからかわれ、ローグは慌ててナツ達を急かす。褒められ慣れていないのか照れた顔を見られたくないのか、恐らく両方だろうが可愛い奴だな、なんて言ったらもっと照れそうだ。

もう一度ありがとうな、と伝え黒い髪を撫でるとナツとハッピーはギルドを後にした。

その後、顔を赤くしたローグがギルドの皆にからかわれていたのだが、ナツは全く気付かなかった。









「で、どうする?行くの?行かないの?」


あまりにも遅い歩みに、ナツが謝りに行きたくないのかと感じ問いただす。
ハッピーはあの日何があったのかなど知りはしないし、話したくないなら無理には聞かないので、ナツが謝りにいくだけのことで何故悩んでいるのか分からなかった。


「う、やっぱり明日にするか」


少し落ち着いてからの方がいいかとも思うし、わざわざ家に押し掛けるのもどうかと思う。行かなくていい理由を探している。ルーシィの家には不法侵入よろしく押し掛けたりするのだから説得力はまるでないが。


「でもこういうのは早く言った方がいいんじゃない?」


人間関係の基本だよ!と妙に大人ぶったことを言われ、確かにその通りだと思う。しかし、かけた迷惑の内容が内容だけにやはり行きにくいし、何を言ったらいいのかも分からない。

――随分みっともないところを晒してしまったから、彼の中に自分への憧れの感情はなくなってしまったかもしれない。

そう思うと、またじくりと胸が痛んだ気がした。

憧れとかそういう感情を向けらえるのは、少しくすぐったいけれど嫌じゃない。
それは自分が父やギルダーツ、ラクサスに向けるようなものと同じものだからだろう。それをスティングから受けるのは正直嬉しくて、慕ってくれる様はまるで弟が出来たような気分にさせてくれた。
だからそれがなくなってしまうのは少し寂しい。
そしてもしあのひたむきに見つめてくれる目が、蔑みに変わっていたらと思うと怖くて仕方がないのだ。

ぐっとナツは手を握り締めると、もやもやとした思考を払うように勢いよく頭を振った。


「だー!もういい!行く!オレは行くぞ!」


まるで自分に言い聞かせるように叫ぶと、ぐるぐると考え込んでしまうのを一切放棄した。

引き延ばすのは性に合わない。
ここは素直に謝って、さっさと帰ろう。
怖がっていても仕方がないのだから。






ローグが書いてくれた地図を辿ると、迷うことなくスティングの家に辿りついた。
ドアをノックしようとして、途中で手が止まる。しかしその横から伸びた青い手が勝手に扉を叩いた。


「ハッピー!」

「だってナツがもたもたしてるから」

「そうだけど!」


まだ心の準備が!そう言おうとしてドアが開く。まだ何を言うかも決めていなかったナツは、出てきた青年を見てがっちりと身体が硬直した。


「……ナツさん?」

「よ、よお、スティング」


ギルドでローグ達と話していた時よりもずっと不自然な動作。スティングに不審な目で見られていそうでナツは内心涙目だった。


「今日ギルドに来てなかったから、その、押し掛けんのもなとは思ったんだけど……来ちまった」


何となく目を合わせられず、足元を見て言ってしまったからスティングが今どんな顔をしているのかが分からない。手元が落ち付かなくて握ったり開いたりと忙しなく動く。掌は汗ばんでいた。


「そっか。ちょっとレクターが風邪ひいちゃってさ、今日はギルドに行くのはやめといたんだ」

「!そうだったのか。レクター大丈夫か?」


レクターが風邪、と聞いてナツはぱっと顔を上げる。
それでようやくスティングを見る事が出来て、いつもと変わらない雰囲気にずっと不安だったナツの心が落ち着いていった。


「うん。まぁ軽く熱があるだけだから」

「何か持ってくればよかったね、ナツ」

「そうだな」

「気にすんなって、すぐ治るよ」


スティングはそう言うと、ドアの前に背を預けてナツを見つめた。


「で、どうしたの?」


本題を促されて、ドキリと心臓が嫌な音を立てる。もごもごと口を動かしながら、何とか口を開いた。


「あのさ、迷惑掛けて悪かったな」

「……迷惑?」

「わざわざ家まで運んでくれて、作っておいてくれたお粥もうまかった。……あと色々と……」

「……」


一瞬の沈黙。

心に走る緊張感が居心地悪く、スティングの次の言葉が怖くて耳を塞いでしまいたくなった。


「――ああ、別にいいよ。仲間が苦しんでたら助けるのが当たり前、だろ?」


仲間――という言葉にナツは自分の心配が無用の物だったのだと、ほっと緊張した身体の力が抜けた。


「そ、っか、うん、そうだよな!ありがとう」

「で、ナツさんこれからどうすんの?飯でも食べてく?」


何ともない様子で食事に誘う様子に安心して、ナツは首を横に振った。


「いや、今日はやめとく。レクターも風邪ひいてんだろ?」

「そっか」


スティングは残念そうな表情で肩をすくませる。
何も変わらない様子にナツはすっかり安心して踵を返した。


「また明日な」

「じゃあねー!」

「ん、二人とも気を付けてね」



***



ナツは振り返ることなく来た道を戻り、スティングは徐々に遠ざかるその背中をじっと見つめていた。

すると後ろから気配を感じて、ようやく家の中に戻る。


「……スティング君。ボク、熱なんてありませんよ」

「悪いレクター」


そう言いながらレクターがうらみがましいような視線を向けてきた。
小さい身体はしっかりとした足取りで歩いていて、どこをどう見ても具合が悪そうには見えない。当たり前だ。嘘なのだから。


「何があったか知りませんけど、早く仲直りして下さいね!」

「……ああ」


別に喧嘩をした訳じゃない。ただ少し、顔を合わせづらいだけで。


(ナツさん……)


少し触れただけで覚えてしまった。愛しい人の身体。

今はハッピーやレクターがいたから何とか衝動を抑えられたが、二人きりだったらきっとあの人を抱きしめて、家に引きずり込んでしまったかもしれない。

風に乗って鼻孔を擽るナツの匂いに昨日の情交を思い出し、燻った熱が煽られそうになるのを堪えるようにドアから離れた。









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