スティナツ
前回拍手の続き
食事をおごると言うからついてきたナツだったが、食事が終わっても結局スティングに連れだされ、クロッカスの街を観光していた。観光なんて気分じゃなかったが、そんなやるせない気分にさせた張本人が街を案内しているなんてどんなシチュエーションなのだろう。ルーシィがいれば突っ込んでくれそうなものだが、今この場にそれを指摘する者はいない。
そもそもスティングは親を殺した。
なんでそんな奴と――もやもやとそんなことを思いながらスティングに連れられるまま街を見て回る。
スティングの言う事に適度に相槌を打ちはするにしても、不機嫌そうな顔ばかりしている相手を連れて何がいいのだろう。始終楽しそうにしている様子に、この男が何を考えているのか分からなかった。
「おい、スティング」
もう帰ろうかと思って呼びかけたのだが、途端にスティングは身体を強張らせた。不審な様子に思わず怪訝な眼差しを送る。
「名前、はじめて呼んでくれた……」
スティングの顔を見て、ナツは言葉を失った。名前を呼んだ、ただそれだけの事にあまりにも嬉しそうに笑うから。
ああ――まずい、と思った。
そう思った時点でもう遅かった。
ナツは警戒心が薄い訳ではないが、他者を受け入れやすい。
初対面でも仲間と面識があればそれは自分の仲間と判断する――例え過去に敵だった相手だとしても。そんなナツが、自分に好意を持っている相手にいつまでも警戒心を抱き続けることは難しい。
(絆される)
そう思った時点で、もう随分とスティングに気を許してしまっていることを自覚した。
「そんなに嬉しいかよ」
「嬉しい、すごく……こうして話したり、隣で歩いたり、それだけで嬉しい」
簡単にできるそんな事で、こんなにも顔を綻ばせて。
ついさっきみたスカした笑みはどこへ行ったと問いただしたくなるほど子供のようなソレから目を逸らす。
「ずっとナツさんに憧れてて、ずっとナツさんを超える事を目標にしてた。七年前に死んじまったと思って、もうその目標を達成することも、会う事も叶わないと思ってたから……」
だから余計に嬉しいんだ。
そう言ってスティングは照れたように頬を染めて。
(もっと呼んだら喜ぶか?)
ああ、もう、なんて自分は単純なんだろう。
親殺しの件やら馬鹿にされた件など――頭から離れないことはある。後者はともかく前者が大問題だったが、このスティングを見ているとどうにも非道な理由でそんなことをしたように思えなくなった。
何か大きな理由があったんじゃないのかと考えるようになっていて、どんな理由にしてもそれは大きなしこりのようにつっかかるのだが、どうにも無理だ。嫌いきれない。拒絶しきれない。
ナツは手で目を覆うと、盛大に項垂れながら息を吐いた。大きな溜息を吐くナツをスティングは不思議そうな目で見つめていた。
「はい、ナツさん」
ぱさりと音を立て、首に落とされたのは鮮やかな花が散る首飾りだった。先ほど男に囲まれた時に無残にも地面で朽ち果ててしまったものの何倍も鮮やかな。
「落とされたときナツさんすごく怒ってたから」
そう言って首に掛けられた花を軽く手で整える。形が落ち着いたところでスティングは頬を緩めた。
「うん、やっぱり似合う」
「――男が花似合うって言われてもな……」
あまり嬉しくはない。
しかし、素直に礼は述べた。
穏やかな優しい匂いはささくれた心を僅かばかり癒してくれ、自然に口元が緩む。
「ナツさん、それ反則」
「ん?」
意味の分からない言葉に花から目を離すとスティングは口元を手で押さえており、気の所為か灯りに照らされた頬が赤く染まっているように見えた。はた、と周りを見て見ると既に日は落ち辺りは暗くなっている。
「もうそろそろ帰んねぇとな」
街灯に混じっていた時計を見ると、既に22時を回っている。思ったよりも随分長い事ぶらついていたようだ。
「えー、もっと一緒にいたい」
「何言ってんだよ、大魔闘演武でまた会えるだろ」
絶対に妖精の尻尾が優勝を頂くと宣言してやると、スティングは生意気な笑みを浮かべた。
「本戦で当たってもオレ本気で行くから」
「当たり前だ!本当の滅竜魔導師だか何だか知らねぇが、甘く見てると瞬殺だからな」
じゃあな、とスティングに背を向け、遅いと怒るエルザの顔を思い浮かべながら宿屋へ向かう。その時、ナツさん!と引きとめる声に後ろを振り向いた。
「オレが勝ったらまたデートして!」
だからデートってなんだよ、と疑問が浮かぶがそう言えば今日のこれもデートとして誘われていたのだ。
同じ事ならまたしてもいい。向こうが勝つというのは絶対に嫌だから妖精の尻尾が優勝して、気持ちよく飯を奢ってもらおう。
「勝つのはオレ達フェアリーテイルだっつーの!だから今度飯奢れよ!」
「〜っやっぱり反則だ!」
それって結局デートしてくれるって意味じゃん、と呟くスティングを後ろにナツは急いで帰っていった。