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□My heart will go on.
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「…いっ…!」
桜乃は足に痛みを感じながらも、なんとか立ち上がり、歩こうとしたが更なる激痛が襲ってきた。
(痛い…でも…行かなきゃ…)
桜乃は激痛に耐え、壁に寄りかかりながら進む。
「…桜乃!」
「…っ!…跡部さん!?」
「桜乃!…なんでこんなところに…」
壁をつたい歩いていた桜乃の前から現れた跡部。
桜乃はその姿に安心感を覚えると同時にすぐに心配になる。
「跡部さん…!どうして戻って来たんですか…!?早く、逃げてください…っ」
「あーん?…桜乃のお前、足を痛めたのか?」
跡部は桜乃の言葉を軽く無視し、桜乃が痛めた右足をかばっていることに素早く気付いた。
「歩けねえのか?」
「あ…、だ、大丈夫ですから!お願いですから、逃げてください!跡部さん!」
「……」
「…きゃっ!?」
跡部は無言で桜乃を抱き抱え、そのまま来た道を戻る。
「…俺がお前を置いていくわねーだろうが」
「跡部さん…」
どうして、
どうして…私なんかを助けに戻ってきたんですか…。
跡部を責めるような疑問を心の中に潜めながらも、どうしても桜乃は…、いけないと思いながらも嬉しいという気持ちを抑えられず、ぎゅ…と跡部につかまっていた。
・・・・・・
「チッ…遅かったか…」
「…っ」
脱出口に着いた二人が目にしたのは、既に船から離れている救命ポートの数々。
もう救命ポートの残りはなかった。
「跡部さん…っ、ごめんなさい…!私のせいで跡部さんまで…!」
「…まだ、希望がないわけじゃねえ」
そう言った跡部は、辺りを見回した。
「仕方ねえ、これで何とかするしかねえか…」
「跡部さん…?」
跡部はタイテニック号から崩れ落ちた木材のうち、面積が広い板状のものを引き寄せ桜乃を乗せて自分もそれに乗った。
「とにかく、船から離れるぞ。いずれこの船は沈没する」
跡部はそう言うと、別の棒状の木材をオール代わりにつかい、船から離れていいった。
ある程度船から離れた後、跡部は自分のジャケットを脱ぎ桜乃の肩にかける。
「桜乃、これを着ておけ」
「…!…でも、跡部さんが…」
外の気温は零下。
緊急のため桜乃も跡部も厚着はしていなかった。
遠慮をする桜乃を、跡部は断固として受け入れなかった。
「いいから着てろ」
「でも…!」
「…俺はこうしていれば大丈夫だ」
「…っ」
跡部はぎゅ…と桜乃の冷えた身体を冷えた外気から守るように抱き締めた。
「跡部さん…」
「桜乃…愛している」
「…っ」
桜乃は、抱き締められて改めて気付く。
跡部の身体も冷えきっていることに。
──…ぎゅ。
「私も…っ…愛してます…」
桜乃もまた、跡部を抱き締めた。
…跡部の身体を少しでも暖めるように。
お互いの熱を分け合うために。
…お互いを守るために。
跡部と桜乃は抱き締めあう。
やがて離れた場所で世界最大と呼ばれたタイテニック号が、海に沈んでいった。
あれほど大きく立派であった物なのに、終わりはなんと儚いものなのだろうか。
二人はその様子を黙って抱き合ったまま眺めていた。
二人は強く抱き合い、
冷たくなった唇を溶かすような、
熱い熱いキスをかわした。
波がくるたび二人は濡れていく。
海の水は冷たく、更に0℃にすら達しない気温が二人の体温を下げていった。
…助かるかはわからない。
───(…けど)
どうか、
この人だけは無事でありますように。
でも、もし叶うなら…
願わくは…
抱き締める手に、感覚がない。
二人はお互いの微かな熱を感じながら、同じことを願っていた。
もしも、叶うのなら…
この相手と…、
自分の…運命の相手と…、
一緒の未来を……。
数時間後、ずっと抱き合ったままだった二人に光が照らされた。
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