2
□セーフorアウト
1ページ/6ページ
立海大付属中テニス部。毎年バレンタインには、彼らに大量のチョコが渡る。
特に元部長、神の子と呼ばれるほど圧倒的な強さを持つ綺麗な顔立ちの少年、幸村精市はチョコの数も圧倒的に多かった。今までは誰がどんなチョコを渡そうが、優しく微笑んで受けとるだけでそれ以上のことは何一つなかった。
しかし今年は―――
「お、おいっ!精市!?」
幸村精市はある一つの包みを持って、彼らしくない慌てた様子で親友である真田の声にも振り向かず部室を後にした。
どうやらその包みは幸村以外の元レギュラーの三年や現部長の切原赤也も知り合いである、竜崎桜乃からである可能性が高いらしい。
それがわかった途端、幸村はすぐに部室を出ていったのだ。
「……幸村って、竜崎のこと…好きだったのか?」
幸村が部室を走り去ってからしばらく続いていた無言の状態を最初に破ったのは、三年の元レギュラーである丸井だった。
「まあ、竜崎のことは確かによく気にかけていたみたいだったが…あの幸村が、な。」
「どんな女子にも優しく接してたみたいッスけど、何だかんだでテニスが恋人ーってカンジだったッスけどね」
同じく三年で元レギュラーであるジャッカルや、現部長である二年の切原も驚きを隠していない表情で自分の考えを口に出していた。
「…しかし、さほど驚くことではないでしょう。彼女…竜崎さんは、良き心を持つ女性であることは、我々は十分承知であるはずです。幸村君が好意を持つのも不思議ではない」
「まあ、な」
「いい子っスからね、竜崎」
柳生の言葉に丸井や切原を初めとした竜崎桜乃を知る全員がそれぞれ同意を示す。
竜崎桜乃はあるテニスクラブで立海の面々と知り合い、以来ときたま立海のテニス部に見学に来るようになった。
彼女の持ち前の謙虚さやひたむきにテニスに打ち込む様子は、彼らに好印象を与えていた。
「つまり、竜崎は幸村が好きでチョコを用意し、幸村は竜崎の気持ちに答えるために走っていった、と。こんなところかの。どうじゃ?参謀」
仁王は状況を簡単にまとめ参謀と呼ばれている柳へと話をふる。
「状況から見てもその線が有力だろう。あんな精市は正直初めて見たからな。ふむ、幸村が竜崎を、か。データに付け足しておくべきだな」
柳は仁王に同意をし、どこからかノートを取り出してさらさらと書き込んでいる。
「ってことは両思いつーことだよな、あの二人」
「…付き合うんスかね?幸村先輩と竜崎」
「まあ本人たち次第だろうが、普通は付き合うんじゃないか?両思いなら」
丸井、切原、ジャッカルがそんなことを話していると仁王が何かを考える表情をした。
「…竜崎が幸村のモノに…ってことは…」
「?…何ですか?仁王君」
「…いや、何でもない。気にしなさんな」
ダブルスの相棒兼親友の問いに、仁王は薄く笑って返した。
こうして今年のバレンタインは例年とは違う結果で幕を閉じた。
2日後の月曜日放課後。
立海大付属中テニス部はいつものように部活をしていた。
「…ねえ、みんな。ちょっと話しておきたいことがあるんだけど」
ふいに幸村がそこにいる元レギュラーの三年たちと切原に呼び掛けた。
「何だ?精市」
「ああ、でも今じゃなくて今日見学に来るって言っていたから来てから…」
「こんにちは〜」
幸村の話の途中で、馴染みのある声が聞こえて一同の視線はそこに集まる。
「皆さん、お久しぶりです」
ぺこりと丁寧なお辞儀を見せているのは、2日前のバレンタインで話題になった本人、竜崎桜乃であった。
「ちょうど良かった。今みんなに言おうと思っていたんだ。…おいで、桜乃」
(…桜乃!?おとといまで名字で呼んでたよな?)
(…やっぱりあの二人、くっついたみたいっスね)
丸井と切原がこそこそ話している間に、桜乃はとてとてと幸村のそばにいく。
「…来る」
「?」
ぼそっと小さな声で仁王が呟き、唯一聞こえていた柳生が一瞬視線を仁王に向けたが、いざ話し始めようとしている幸村に視線を戻した。
「俺たち、付き合うことになったから。…よろしくね?みんな。(彼女に手を出したら…どうなるかわかってるよね?)」
ぴしっ!!
にっこり笑って放たれた言葉と強烈な圧力に、そこにいた男たちは体を硬くし、自身の体温が下がるのを感じた。
(やっぱり牽制をかけて来たか。…にしても、構えとったのにものすごい威圧感じゃのう…さすが幸村)
ただ一人、こんな展開を予測していた詐欺師仁王でさえ、幸村から放たれている圧力に冷や汗が首筋をつたうのを感じていた。
(な、何か今、聞こえちゃいけない言葉まで聞こえたような…)
(奇遇だな。…俺もだぜ)
丸井とジャッカルが小さな声でそんなことを話している。
無論そこにいた者は全員気付いていた。
…幸村の言葉に含まれていた裏の言葉を。
ただ一人、
竜崎桜乃を除いて。
その竜崎桜乃はというと、周りの男たちの異様な雰囲気に一切気付かず、幸村の「彼女」として紹介されたことに、頬を染めて恥ずかしそうにうつむいていた。