□眩しい君の笑顔
1ページ/1ページ



3月14日。
今日は竜崎と出かける約束をしている。
妙に早起きをしてしまった俺は、時間よりだいぶ早く待ち合わせの場所にいた。


「…桜乃…、桜乃…、」


ブツブツと一人で繰り返し彼女の名前を呟く。
周りから見れば結構な変人かもしれないが、今の俺はそんなこと一切気に留めてなかった。
と、いうのも…。
バレンタインの日、俺は竜崎のことをホワイトデーまでに下の名前で呼ぶという約束を竜崎と交わした。
それで今日がホワイトデー。
情けないことに今のところ、彼女の前で「桜乃」と呼べたことがない。
本人が目の前にいなきゃよべるんだけどな…。
だけど約束の期限は今日まで。
ここで呼べなきゃ、男じゃねえぜ。


「桜乃…、桜乃…、よし!」


何度も呼ぶ練習はした。これならいつ彼女がきても、呼べるはず!


「宍戸さ〜んっ」

「!!」


りゅ、竜崎!!?
よりによって決意した瞬間、竜崎の声が聞こえた。
声のする方に振り向くと、少し離れた横断歩道の向こう側で竜崎がいた。
タイミングがいいのか悪いのか…
彼女の姿を見たら気が抜けて、決意ががくっと揺らんでしまった。
当然そんなことは知らない彼女は、笑顔で俺に手をふっている。
俺は竜崎に軽く手をあげて、挨拶をした。
…あー、やべえ。
あいつの姿を見ていたら、やっぱり緊張してきた。
ちゃんと自然に呼べんのか、俺…。
赤の信号が青に変わって、竜崎はこちらに向かって走ってきた。


「別に走らなくても…」


正直、見ていて危なっかしい。
靴だってスニーカーじゃなくて、走りにくそうな靴だし。
なんてことを考えてた矢先、

「きゃっ!!」

彼女はつまずいて転びそうになった。


「桜乃っ!!」


考えるより先に体が動いて、俺は得意のダッシュであいつのそばまで駆け寄って倒れそうな体を支えた。


「大丈夫か!?」

「は、はい…、すみません、宍戸さん」

「ったくよ…、そんな靴で走るから…。ちゃんと気を付けろよ?」

「はい…気を付けます」


まあとにかく、転ばなくて良かったって安心していると、彼女は少し頬を染めて俺を見上げてきた。


「宍戸さん…」

「ん?何だ?」

「ちゃんと『桜乃』って…呼んでくれましたね」

…!

彼女はそう言ってえへへって可愛く笑う。
マジかよ…、全然無意識だったぜ。
落ち着いて思い返せば、俺は確かに『桜乃』と呼んでいた。


「あー…いや、その…約束だったし、な」

「ふふ。…嬉しいです、宍戸さん」


照れながらそう言うと、竜崎…いや、桜乃は嬉しそうに微笑んだ。


「桜乃…」


無意識であったにしろ、一度呼んでしまえば、二度目は自然に出てきた。


「桜乃。」


うん。
呼ぶまではめちゃくちゃ恥ずかしかったけど、やっぱりこっちの方がいいぜ!


「し、宍戸さん…、嬉しいけど恥ずかしいです〜」


う〜って両手で赤い顔を覆う桜乃。


「ははっ!何だよ、呼べって言ったのお前のクセに」

「そうですけど〜、呼ばれ慣れてないですもん、まだ」

「じゃー、慣れるまで呼んでやるって!桜乃」


桜乃は顔を覆っていた手をはずして、また俺を見上げた。


「あの、私も…いいですか?」

「え?」

「…りょ」

「?」

「りょ…うさん…」

「!!!」


い、今、コイツ俺のこと名前で…!?


「亮、さん…」


桜乃に真っ赤な顔でそう呼ばれて、俺も顔が熱くなった。


「は、恥ずかしい…ですね、やっぱり…」

「まあ、な…。でも…すげー嬉しいかも」

「!」


あー、呼ばれる方も恥ずかしいんだな。
けど、…嬉しい。


「…そ、そろそろ行くか!」

「そ、そうですねっ」


気恥ずかしい空気のまま、俺と桜乃は歩き出した。


「あっ!」

「え?」


やべえ、大事なこと忘れてた。
俺は足を止めてポケットを探る。
桜乃はどうしたんですか?と、俺を覗きこんできた。


「これ」

「?」

「ホワイトデーのお返し」

そう言って、彼女に小さな袋を渡す。


「名前で呼ぶのがお返しじゃ…」

「アホか!それだけなワケねえだろ…たいしたものじゃないけどな」

「…嬉しい…です…開けていいですか?」

「ああ」


桜乃は袋を開けて中身を取り出した。


「わ…可愛い!」


キラキラと輝いたピンクの花の髪止め。
女の欲しがるものなんかわからないからものすごく迷って買った。
…桜乃に似合いそうなものを。


「えへへ…、ありがとうございます、亮さん。すっごく嬉しいです!」

「ああ。」


桜乃は満面の笑みを俺に向けてくる。
それを見て、おれ自身も顔が緩んだ。


「そうだ」


桜乃は頭に手をのばして、つけていた髪止めをとってさっき俺があげたやつをつけた。


「…あ」

「…どうですか?」

「ん、…似合ってるぜ」


それは桜乃によく似合っていた。
やっぱりコイツにはピンクが似合うな。


「えへへ…」


恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、桜乃は笑った。
それを見た俺は、まぶしくて思わず目を細めた。
キラキラと輝いたのは、
花の髪止め、

…だけじゃなかった。



【眩しい君の笑顔】


(あー…心臓の音がうるさいぜ…)






end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ