□大切な君。
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「ええっと…テニスコートは…」


とてとてと立海大付属中の敷地内を歩き回っているのは、立海のものではない制服を着た長いおさげの少女。


「うぅ…もう何回か来てるのに、私って何でこんなに方向オンチなんだろ…」


東京の青春学園に通う桜乃は、彼氏である仁王のテニスの練習を見学するために、放課後神奈川にある立海大付属中まで足を運んでいた。

桜乃は部活のない日はたまにこうして立海まで来て、邪魔はしないようにテニス部の練習を見学している。
ほとんど仁王の姿しか見てはいないけれど。

なので、立海大付属中に入るのは今日が初めてではなかった。


なのに。


「あれ?ここさっき通ったっけ…」


生まれつきの方向オンチのせいで、目的の場所までたどり着けずにいた。



「うぅ〜〜〜っ、どっちなの、もう!」



とにかく早くテニスコートに行きたい!

仁王さんに、会いたいのに!


そう切に願いながら進んでいると、桜乃は体育小屋のような場所にたどり着き、その裏に二つの人影を見つけた。


一人は、とてもよく見知った顔。


(仁王さん…?)


もう一人は、立海の女子生徒。


(これは…もしかしてもしかしなくても…)

桜乃はとりあえず木の陰に隠れ、こっそりと二人の様子を伺う。



「あの、仁王先輩…私、先輩のことが好きです!」



や、やっぱり!!!

女子生徒が口にしたのはいわゆる愛の告白というもの。


(どうしよう、どうしよう!?)


不可抗力とはいえ、人の告白を見てしまった罪悪感とその相手が自分の彼氏であるという複雑な気分とで、1人焦りつつも、


(仁王さん…、なんて答えるのかな…)


自分は彼女なのだから、不安になる必要はないのだけど、やっぱり気になってしまう気持ちは止められなくて。


桜乃はその場に動かずに、こっそりと二人の様子を見続けることに決めた。





一方、現在愛の告白を受けている仁王は、目の前の名すら知らぬ女子生徒からの告白を特に何とも思わず…いや、むしろめんどうとすら思いながら、断る言葉を探していた。



「あー…悪いんじゃが、俺には…」


(…ん?)


言いながら女子生徒から目をそらすと、あるモノが目について言葉を止めてしまった。


(頭隠しておさげ隠さず…ってところかの)


木陰からはみ出ていたのは、長い長いおさげ。

こんなに長い髪をおさげはなかなかいるもんじゃない。

仁王は自分の彼女の存在を確認して、ほんの少しだけ…気付かれないくらいに、優しく笑った。


そして、仁王は目の前の女子生徒から目をそらしたまま、…木陰にいる愛しい存在に向けて、言葉を続けた。


「俺には、…大切な子がおるから。」



とてもとても、大切な存在…


木陰から出ていたおさげが、ぴくっと一瞬揺れたのを仁王の目は見逃さなかった。



「…お前さんの気持ちに答えることはできん。」


「…っ」


今度は目の前の女子生徒に向けて、しっかりと言うと、女子生徒は泣きそうに顔を歪めて、バタバタとその場を走り去って行った。





「……」


(えっと…、どうしよ…とりあえずそっとこの場から離れ…)


「…のぞきとはなかなかの趣味じゃな?」


「きゃっ!!!?」


女子生徒が去った後、どうするべきか悩んでいた桜乃は背後から話しかけられ、ビックリしてその場に腰をついた。


「に、仁王さん!いつのまにそこに…」


「…さて?いつのまにじゃったのかのう」


「〜〜〜っ!あ、あの、偶然ですからねっ!わざとのぞきに来たわけじゃないですからね!」


「ほーう?」


「ほ、本当ですよ!?迷っちゃって、偶然ここに…」


「ふ、わかっとるよ。…ちょっとからかっただけじゃ」


「…!!…もう」



桜乃が地面に腰をついたまま、ぷくーと頬を膨らませると、仁王はしゃがんで桜乃と目線を合わせた。



「仁王さん…」


「なんじゃ?」


「モテモテ、ですね…」


拗ねた顔でそんなことを言う桜乃に仁王は軽く笑みを見せる。



「…俺には『大切な子』がいるから、関係ないんじゃけどな?」


「!!!」


仁王の言葉に桜乃は顔を赤く染めた。


「仁王さん、それって…」

「ん?」


「…誰のこと、ですか…?」


「…言わなきゃわかんないかのう?」


仁王が少し呆れた顔で聞き返すと、桜乃は更に真っ赤に染めてうつむいた。


「私、…う、自惚れちゃいそうで…」


「少しは自惚れんしゃい。」


付き合ってるんじゃから…と続けた後、仁王は優しく桜乃を抱き寄せた。



「俺は、桜乃が大切なんじゃ」


「…っ」



耳元で囁かれた甘い言葉。

顔だけじゃなく、桜乃は全身に熱を帯びる。



「…桜乃だけが、大切」


「仁王さ…ん」



もう一度、桜乃にも仁王自身にも聞かすように出た言葉。

桜乃は仁王を抱きしめ返す。



「嬉しいです…」



嬉しかった。

大切に思ってくれていること。

他の子の前でも、それを言ってくれたこと。



「私、…私も」



同じです。
仁王さんが…



「仁王さんだけが…大切な人です」



言ってから恥ずかしくて、桜乃は顔をぎゅむっと仁王の胸におしあてた。

だから、桜乃は見えなかった。

コート上では詐欺師と言われるほど恐れられている男が、桜乃の言葉を聞いて、本当に優しい表情を浮かべていたことに。



(練習に戻らなきゃじゃが…)


本来今は放課後で、部活中の時間。

呼び出されたから抜けてきたわけだけど、あんまり長く戻らないとあの副部長の鉄拳がとんでくるかもしれない。

でも、たとえ鉄拳を受けてたとしても。


(今の状態をすぐに終わらせてしまうほうが、後悔するじゃろうな…)


あと少しだけ。

このまま、抱きしめていたい。



結局、なかなか部活に戻ってこない仁王を探しに来た丸井とジャッカルに見つかるまで、二人は抱きしめ合っていたのだった。






【大切な君。】

(大切にしていきたい。これからも、ずっと。)







end

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