キリリク

□あべこべな感情
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…鬱陶しいんだ。


俺はただ、上を目指す。

そのために必要ないものは、ただ邪魔なだけ。

だから、要らないんだ。

こんな感情なんて――…。







「あ、日吉さん!こんにちは」

「…竜崎か」



あるテニスコートで練習をしていた途中、ベンチで休憩をしながら水を飲んでいると、横から声をかけられた。


声をかけてきたのは、一歳年下の女、竜崎桜乃。

青学に通う1年で、今年の4月にテニスを始めたばかりの初心者らしい。

最近竜崎がここに通い始め、よく会うようになり、会話も交わすようになった。


「日吉さん、すごい汗です」

「こんな蒸し暑い中、体を動かせば汗かくだろ」

「そうですよね。最近本当に蒸し暑くて大変です」

「仕方ないだろ。梅雨の時期なんだから」

「ですよね。梅雨の時期は雨が降らないだけでもラッキーですよね!外で練習ができますから」



そう言って竜崎はラケットを取り出して、壁打ち場で壁打ちを始めた。

竜崎はたどたどしくも壁打ちを続けている。


「…あっ」


竜崎が振ったラケットは空を切り、ボールが後ろに転がってくる。

俺はそのボールを拾った。



「す、すみません。日吉さん」

「…肩、開きすぎだ」

「…え?」

「肘は曲げすぎだろ」

「あ…、は、はい!気を付けますっ」



竜崎は俺からボールを受けとると、再度壁打ちを始めた。


…動きはまだまだ初心者だが、
確実に初めて会ったときよりは壁打ちが続いている。

…少しずつ、上達している。



「えいっ……あっ」



竜崎はまたボールを打ち損じた。

…だが、


「日吉さんっ、さっきより壁打ちが続きました!」

「…ああ」


…見ていたからわかるさ。



「えへへ、日吉さんのアドバイスのおかげですね」

「……」

「ありがとうございました!」


そう言ってにっこりと笑う竜崎。


…ああ、なんなんだこの感覚。

こいつといると訳のわからない感情が俺を取り巻く。



「でもやっぱり私…まだまだ下手ですから、もっと頑張りますね」



そう俺に言ったあと、竜崎はまた壁打ち場に戻って行った。



もやもやと、心を支配するその感情。

なんなんだ、一体。

訳がわからない。


竜崎と、関わってから―…。



俺は、テニスで頂点まで上る。
そのためにこんな訳のわからない感情なんて、邪魔になるだけだ。


…竜崎と関わらなければいい。
もっと冷たくすればいい。

鬱陶しい、はずだろう?


それなのに、なぜ。


なぜ、それができないんだ?




「…おい」

「…は…、はい?なんですか?」



俺は竜崎に声をかけた。
何度か壁打ちを続けていた竜崎は、少し息が上がっている。



「壁打ちだけじゃ物足りないだろう」

「…え?」

「相手になってやる」

「え、ええぇ!?」


竜崎は途端にあわてふためく。


「む、無理ですよっ!全然相手になんかなんないですよっ!」

「アホか。手加減するに決まってるだろ。」

「えっ?あ、」

「ほら、早くコート入れ。始めるぞ」

「は、はいっ」





…こいつは本当にテニスが好きなんだろう。

見ていたらわかる。

転んでも、立ち上がって。

必死に、ボールを追いかけて。

強くなろうとしている。




…同じなんだ、俺も。




「はぁ…、はぁ」

「もう限界か?」

「い、いえっ!大丈夫です!」



…相手は初心者なはずなのに

俺は手加減をしているはずなのに

こいつとのテニスが楽しい、だなんて。




こいつが頑張るから

俺ももっと頑張ろうと思える。


こいつが強くなろうとするから

俺もより上を目指す気になれるんだ。



邪魔な、感情なんかじゃない。


それは強さの糧になるから。




もやもやと、俺を侵していたこの感情。



それは、きっと……








「今日はありがとうございましたっ」


竜崎は俺にお礼を言ってぺこりと頭をさげる。
空は夕暮れが黒に染まりかけていて、あたりは薄暗くなっていた。



「もう暗いな。送ってってやるぜ」

「えっ!そんな悪いですよっ」

「……、知っているか?」

「え?」

「この道をまっすぐ行った突き当たりのところ、最近出るって噂」

「で、で、出るって何が…」

「…聞きたいか?」

「や、やっぱりいいですーーっ!」


にやり、と笑うと竜崎はびくびくと今にも泣きそう顔になる。


「も、もう、日吉さんがそんなこと言うから怖くなっちゃったじゃないですかっ」

「よく言うだろ?好きなヤツほど苛めたくなるって」

「え、ぇ?」


間抜けな顔をする竜崎。
俺はくくっと笑って竜崎の手をひいた。


「ひ、ひ、日吉さんっ!?」

「だから送ってってやるって言っているだろ。」

「で、でもっ」

「怖いんだろ?」

「う…」

「さっさと行くぞ」

「あう…、は、はぁい…」



やっとおとなしく手をひかれながらついてくる竜崎。
…可愛いな、コイツ。



もやもやとしていたのは、

きっとコイツが俺のモノじゃないからだ。


手に入れたいと、思うから。




好きなんだ、竜崎のことが。




「あ、あの…日吉さん、今さっさなんて…」

「何のことだ?」

「え?あ、いえっ、何でもないです…」




今すぐにでも、手に入れたいとは思うが…



もう少し、この状態を続けるのも悪くないかもしれないな。




【あべこべな感情】

(もやもやするけど、邪魔なんかじゃない。きっと必要な感情なんだ)





end
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