ドキサバ編
□瞳に映る恋心
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※「ヤサシイペテン。シンジツノアイ。」の続編です。
無人島に流れ着いた最初の夜。
一人涙を堪えていたあいつに優しくした俺は、"仁王"じゃなくて"柳生"だった。…はずなんだ。
『…仁王さんだって、思ったんです…最初の日に慰めてくれたのも、水を運んでくれたのも、…今日、抱き締めてくれたのも』
…労るようにかけた優しい言葉も、小さな身体を抱き締めたその腕もすべて、ペテンにまみれた偽物だった。…はずなのに。
『私は…、最初の日のあの夜に…優しい言葉をくれた人、…仁王さんに恋をしたんです』
俺とはまるで真逆の…無垢な瞳を持つその少女は、ペテンの中から本当の俺を見つけ出し、偽物だったものを本物に変えてしまった。
こんなことは初めてで。
惹かれるなというほうが無理だった。
・・・
今年の夏は、今までで一番刺激的だったと思う。
サバイバル合宿という名目で来た無人島で、竜崎桜乃という少女に出会った。
ペテンを見破られたこと。それでも悔しいどころか、喜びすら感じたこと。
本当の俺で、優しくしてやりたいと思ったこと。
…まるで自分とは真逆のような無垢で純粋なその少女に、恋に落ちたこと。
すべてが初めてのことだった。
あの無人島での生活は、俺はきっとずっと忘れることはないだろう。
あの無人島から帰って来て、2ヶ月が経った。
夏は過ぎ去って、季節はもう秋。
俺と桜乃の関係は恋人という名前のまま、ずっと続いていた。
桜乃は東京に住んでいて、俺は神奈川に住んでいる。
多少離れてはいるが、会えない距離ではないので、時間がある休日はよく二人で過ごしていた。
そして今日も、そういう約束で俺の部屋に呼んだんだが。
どうやら今日は、少し桜乃の様子がおかしい。
俺の部屋に置いてある雑誌をじっと読んでいる桜乃を覗き込みながら、俺は声をかけた。
「…桜乃。その雑誌、面白いか?」
「…は、はい!とても」
「ふーん。1ページに随分時間がかかるんじゃのう?」
「…! それは、あの」
「……」
俺は無言で桜乃から雑誌を取り上げた。
桜乃は「あっ」と声をあげて俺を見上げたが、一瞬目が合うと、パッとすぐに逸らした。
「…なんで逸らした?」
「……」
いつもはじっと俺の目を見てくるくせに。
付き合う前…、出会った頃からそうだった。
…あの頃は、俺から逸らしたこともあったか。
だけど今はとにかく、桜乃のその態度が気に入らなかった。
「…桜乃。様子が変だってこと、バレていないとは思ってないんじゃろ?いい加減、理由を教えてくれんか」
「……」
「…先週の練習試合で、何かあったか?」
「…!」
…実は桜乃の様子がおかしいのは、今日だけのことでない。
桜乃は先週行われた練習試合を観に来ていたのだが、始まる前は普通だったのに試合が終わったあとにまた桜乃のもとに行くと態度がよそよそしくなっていた。
そのときも変だとは思ったが、時間もなかったので問い詰めることはしなかった。
しかし1週間経ってもその態度のままならば、スルーしろというほうが無理な話だ。
…桜乃が俺の目を見ないなんて、耐えられない。
「…桜乃。何に拗ねているんじゃ?」
「す、拗ねてなんか…」
「じゃあ何か不安なことがあるのか?」
「……」
あまり強すぎない力で両肩を掴んでこちらを向かせるが、桜乃の瞳は俺を映そうとしない。
いったい、何なんじゃ。
見かけによらず強情な娘やのう。
だが俺も諦めてやるつもりはなく、さらに近くから桜乃の瞳を覗き込むと、桜乃はようやく観念したのかそっと俺と目を合わせた。
「仁王さん…あの、」
「…ん?なんじゃ?」
小さな声で話しだした桜乃に、俺はなるべく優しく答える。
不安そうに揺れる瞳を、じっと見つめたままで。
「…本当に、私でいいんですか?」
「………は?」
桜乃の言葉に、俺は文字通り呆れてしまった。
なんじゃ、それ。
どういう意味で言っているんだこの娘は。
「…まさか今さら、そんな質問をされるとはのう…」
「だ、だって。仁王さんが私を選んでくれたのって、もしかして無人島マジックじゃないかと思って…!」
無人島マジック…?
妙な言葉を使いおって。
当然、初めて聞く言葉だったが、意味はわかる。
つまり吊り橋効果的なことを言いたいんだろう。
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