ドキサバ編

□ひだまりの人
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中学テニス界の強豪校をあつめた無人島での夏合宿。彼らを無人島へ運んでいた船が難破したことにより、彼らの引率者である監督たちとはぐれたまま無人島にたどり着き、中学生たちだけでの生活が始まった。
そして彼らの中にたった1人、引率者の一人である竜崎スミレの手伝いをすべく付いてきていた竜崎桜乃という少女が、彼らと共にサバイバル生活を送っていた。



「…では、夜のミーティングは以上だ。各自、消灯までには必ずロッジにもどっているように」


無人島に来て2日目の夜。夕食のあとのミーティング、今日の成果をそれぞれ報告があった。
少しずつ島についてはわかってきていることがあるものの、引率者である監督たちの行方についての進展はなかった。

(おばあちゃん…)

祖母であるスミレが行方知れずである桜乃は、ミーティングでの報告を聞く度に気持ちを沈めていた。


無人島に着いてから、1日以上経過した。
1日目は、慣れない環境での生活を必死に過ごして終わった。
しかし落ち着いてくると、祖母が行方不明という現実を思い出しては不安で胸を痛めた。

2日目の夜、ミーティングのあと桜乃は、すぐに自分に当てられたロッジに戻ったものの、狭い部屋に1人でいると余計不安になるため再び外に出て、理由もなく海を見つめながら祖母のことを思い出していた。


「…ぐすっ…」


監督たちとは、いつ再会できるのだろうか。
この生活は、いつまで続くのだろうか。
先が見えない不安が、桜乃を襲っていた。
…そんなとき。


「なあ、あんた何かお菓子持ってねえ?」

「…えっ?」


急にうしろから話しかけられた桜乃はびっくりして、慌ててこぼれそうだった涙を拭いて振り向いた。
暗い中、月と焚き火の明かりでかろうじでその人物が判明できた。
赤い髪に、黄色いユニホームを着ている彼は…。


「ま、丸井さん…?」


立海大付属中テニス部のレギュラーである丸井ブン太だった。
有名校のレギュラーであるため桜乃は知っていたが、青学に通う桜乃とはこの合宿で一緒になるまで接点はなく、会話するのも初めてだった。
丸井は名前を呼ばれたことに多少驚いたらしく目を丸くする。


「なんだ、俺の名前ちゃんと知ってたんだな。で、何かお菓子ある?飴とかでもいいんだけど」

「あ…え、えっと、ロッジに戻れば持ってきたやつが少しありますけど…」

「まじで?ちょっと分けてくんない?夕食だけじゃ物足りなくてさ」

「いいですよ」


なぜ急に自分に話しかけてきたのかまったくわからない桜乃だったが、にっこりと笑って丸井のお願いを了承すると、お菓子を
取りに行くためにロッジに入っていった。
ロッジの外で桜乃を待っていた丸井は、桜乃が出てきてお菓子を渡そうとすると、「さんきゅー!せっかくだから一緒に食おうぜ」
と、桜乃の腕を引いて食堂まで連れていった。


「ほら、お前も食えよ」


丸井は桜乃にもらったポッキーをひと袋開けると、1本桜乃に差し出す。


「は、はい、いただきます」

「いただきますって、元はお前のだろぃ?」


丸井はハハッと笑いながら、自らもポッキーを抜いて1本食べる。
丸井の気さくな態度や人懐こい笑顔が、桜乃の気持ちを和ませた。


「丸井さんは…お菓子、好きなんですか?」

「うん、好き。食い物全般好きだけど、甘いものが一番好き。でもここ甘いものないじゃん。だからお前がお菓子くれて助かったぜ」


言いながらポッキーを頬張る姿は幸せそうで、まるで小動物をのようだった。
そんな丸井の姿を見て、桜乃は自然と微笑んだ。


「…丸井さんて…なんだか、可愛いですね…」


桜乃は言ってからハッする。
男の人、しかも年上を相手に可愛いというのは、失礼になるのではないか。
…しかし丸井は気分を害した様子はなく、ニッと笑って見せた。


「だろぃ?よく言われる」


自分が愛嬌のあるタイプだと自覚があるらしく、当然のように言った丸井に、桜乃はふふっと笑ってしまった。


「あ、でも可愛いだけじゃないぜ?テニスしてるときの俺は、めちゃくちゃかっこいいからな!」


「今度見せてやるよ」とこれまた自信たっぷりに言う丸井に、桜乃は微笑みながら「はい、楽しみにしてます」と答えた。


「さーて食い終わったし、そろそろ戻るかな」

「…残りは持っていきますか?」


桜乃があげたのはポッキーだけではなかったのだが、残りのお菓子を丸井は手に取らなかった。


「いや、竜崎が持ってて。また貰いにくるからさ、そんとき一緒に食おうぜ」

「はい、わかりました」

(また…こんなふうに一緒にお話できるんだな)

丸井と談笑をしながらお菓子を食べていた時間がとても楽しかった桜乃は、次の機会を今から楽しみに思っていた。


「竜崎、お菓子ありがとな。…お礼に、何かあったらいつでも俺を頼ってくれていいからな?」

「…え?」

「困ったことがあったら助けてやるし、不安なことがあったら…俺が話を聴いてやるから。…だからもう、1人で泣いたりするなよ」

「…!」


丸井はすっと手を伸ばし、桜乃の目尻を指で触れた。
桜乃は突然のことにびっくりして頬を熱くするが、丸井は優しく微笑んで1度ぽん、と桜乃の頭を優しく撫でた。


「じゃあ、また明日な。おやすみ」

「は、はい。おやすみなさい」


桜乃は丸井が去る様子を見送りつつ、ドキドキと胸が鳴るのを感じていた。

(泣いていたこと…気付かれてたんだ…。それじゃあ、もしかしてお菓子を欲しがったのも、私のために…?)

丸井と過ごしているときは、不安な気持ちを忘れられた。
丸井の優しさをあらためて感じた桜乃の胸が熱くなる。


(…優しい人、なんだなあ…)


一言も話したことがなかった自分を、気にかけてくれるなんて…。
優しくて…あたたかな、ひだまりのような人。


桜乃はほんのりと頬が熱くなるのを感じながら、丸井の背中を見送っていた。


【ひだまりの人】

(丸井さんの優しい笑顔が、胸にずっと残っている)


end

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