ドキサバ編

□不安のち晴れ
1ページ/2ページ


島に着いて1日目。
この日は桜乃にとって状況を把握するだけで、頭がいっぱいになりそうな日であった。





船が事故にあって、無人島に流れ着いて。

だけどお祖母ちゃんが行方不明で。

周りには青学の先輩やリョーマ君もいるけれど、関わったことがない人たちもたくさんいて、女子は私1人。


しかも、サバイバル生活で…、私なんか役に立つのかな…。

ただの、足手まといかもしれない…。




今、桜乃にとっては不安の要素しかない状況だった。






「ふぅ…」


夕食の片付けを終え、1人さっきまで賑わっていた食堂に座る。


(夕食は…皆さん喜んでくれたみたいだったかな)


桜乃が作った夕食は、選手たちには大好評であった。


(おいしいって、たくさんの人が言ってくれたけど…)


作ったのは簡単なものばかりだし。


これって役に立てたって言えるのかな?


「だけど…、空腹は最大の調味料っていうしなあ…。」


皆さん、疲れていたし。



「正直、イマイチでも、おいしいって感じちゃうよね…」



「いや、夕飯ならマジで美味かったぜぃ?」


「そーそー。謙遜する必要ねえぞアンタ」


「…えっ?!」


気が付くと桜乃の両隣に立海の丸井と切原がどかっと座っていた。


「二人とも、いきなり話しかけたら彼女がびっくりするだろう?」


後からは優しい声が聞こえて振り向くとそこには立海の部長である幸村と他のレギュラーがそろっていた。


「あ、あ、あの…?」


「驚かせてすまなかったね、竜崎さん。」


「あ…、いえ…」




幸村は桜乃の前に腰をおろし、他のメンバーも同じように桜乃の周りの席に腰をおろした。


桜乃は何事かと1人戸惑った。



「…顔色があまりよくない」


「えっ…」


「まあ無理もないじゃろ。この状況で元気溌剌の方がむしろ心配じゃ」


「……っ」


真田と仁王に指摘され、桜乃はうつむいてテーブルをじっと見つめた。


「あの…私、」


「まあなんつーか、大変に思えるけど、何だかんだで何とかなると思うぜ?」


「え…」


ジャッカルの言葉に、桜乃は少しだけ顔を上げた。



「潮の流れからして先生方が俺たちと同じようにこの島に流れ着いた確率100%だ」


「竜崎先生もきっとすぐに見つかりますよ」


「…っ!」



(あ…そっか…。)

この人たちは、私を励ましてくれているんだ…。



私がいつまでも落ち込んだままだったから…。





ぽたっ…




「「「!!!」」」




「…ふぇ…ひっく…」



桜乃の瞳から落ちた涙が木のテーブルの上に染みを作る。


(泣いた!!)


(どーするんだよぃ!?こういうときは!!)


桜乃の両隣の二人は間近で女の子が泣いたってことで、より慌てている。

もっとも、そこにいた全員が動揺していたが、数名は顔には出さないで桜乃を見つめていた。



「ごめんなさい…っ、私…皆さんに、心配かけて…」


船の事故がおきて、この島に流れ着いたらお祖母ちゃんは行方不明で…

様々な不安が、初めて涙というカタチになって桜乃から溢れていた。



「ごめんなさい…、…私だけじゃないのに…っ」



おそらく数日で救助が来るとしても、ここは無人島で、何がおこるかわからない。

大変なのは、不安なのは、私だけじゃない。


きっとみんな同じなのに。

誰もそんな気持ちを顔に出したりしなかった。



私以外は。



「…っ…ごめんなさい…泣いたりして、迷惑かけて…私…」


止まらない。


止めたいのに。


皆さん困っているのはわかるのに。





桜乃の瞳からは次から次へと涙がこぼれ落ちていた。



「…大丈夫。泣いていいよ、竜崎さん。誰も迷惑だなんて思ってないから」



幸村が宥めるような優しい声で、桜乃に話しかける。


「そうそう!泣けるときにおもいっきし泣いとけって!」



桜乃の左隣の切原は、幸村に便乗するように桜乃を慰める。



「…相当不安でしたのでしょうね。」


「…今まで我慢してたんじゃろ。偉かったな、お前さん」



仁王が手を伸ばして桜乃の頭を撫でる。


柳生はどうぞ、と桜乃にハンカチを差し出した。




目の前で涙を流す少女に対して、咎める者など誰1人いるはずかなかった。



「…、すみません…っ」



柳生からハンカチを受け取り、未だに溢れてきている涙をぬぐった。



「…えっと、ガム食う?美味いぜ。グリーンアップル味」



丸井はポケットからガムを取りだし一つとって桜乃に渡す。


美味いものを食えば元気になる!という彼なりに考えた慰め方だろう。



「…あ、ありがとうごさいます…いただきます」



桜乃は丸井から素直にガムを受けとる。



泣いたおかげか、桜乃は少しスッキリした気分だった。



「…困ったときはいつでも俺たちに頼っていいからね?」


「青学の連中より絶っ対頼りになるぜ?」


そう言って優しく微笑む幸村に、にっと笑ってウインクをする丸井。



「越前リョーマにいじめられたらすぐに言えよ?俺が潰してやる」



青学のスーパールーキーに対抗心バリバリの切原はそんなことまで言っている。



「…ふふ。ありがとうごさいます、皆さん…優しいんですね」



「「「!!!」」」



初めて見せる桜乃の笑顔に立海のレギュラーたちの胸の中に二度目の動揺が生まれる。



彼女が泣いたときには、ただ「焦り」としての動揺であったが、今度のはもっと違った…



(…可愛い…)



泣いた後でどこか艶やかな少女が見せる輝かしい笑顔は、年頃の男子の心を魅了するには充分であった。



男子たちが照れを隠すために必死になっている一方で、桜乃はさっきまで心を支配していた不安から解放されていた。


ここにいる、1人沈んでいた桜乃を気にかけ慰めた者たちのおかげで…。




(こんなに、優しい人たちが一緒なら…きっと大丈夫)


私も、この人たちの力になりたいな…。




「私…、頑張ります!…あまりお役には立てないかもしれないけど…」



不安を理由に、1人でいつまでも頼りっぱなしなわけにはいかないから。

私も協力したい。



「飯作ってくれるだけでありがたいけどな〜」


「うん、今日の飯は超美味かった。天才的な俺が言うんだから間違えねえって」


「お前ら、食い物のことだけかよ…。いや、ほんとに美味かったけどな。」


「で、でも、作ったのは簡単なものばかりでしたよ?誰でもできるような…」


「いや、付け焼き刃の腕前ではなかなか出せない味付けであったぞ。」



未だに絶賛される今夜の夕食について、桜乃も正直に話してみたけれど、それもすぐに真田によって否定されてまった。



「日頃から家のお手伝いをされているのではないですか?」


「限られた食材であれだけのものが作れるのは才能といっても良いだろう」


「うぅ…そんな、褒めすぎですよう〜〜」



ついに照れて顔を覆ってしまった可愛らしい少女に、周りの男たちは…



キュン。



胸をときめかせていた。




「ふふ。君はもう充分役に立ててるってことだよ。」


「…で、でも…」


「無理をしすぎるのは禁物じゃ。お前さんはできることをしてくれればいいんじゃよ」


「…! は、はい」



私のできることかあ…。


あるのかな…?


ううん、見つけよう。


…一つでも多く。





今夜、桜乃の心に不安の代わりに生まれた気持ちは、
これから頑張ろうという意思と、立海レギュラーへの感謝と信頼であった。







【不安のち晴れ】

(立海のみなさんのおかげで、私の心は晴れたんだ。)




end

あとがき→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ