ドキサバ編

□そばにいて
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暑い暑い夏。
日本本島ですら暑いのに、今余計暑い南の方の島に来て強化合宿をしている。
しかも船の事故で引率者とは全員はぐれて、中学生の自分らだけでサバイバル生活をしなければならない状態。

まあ、俺も含め大概のやつらは体力的にはさほど問題はないんだろうけど。

1人だけ、俺らとは事情が違うやつがいる。



「…竜崎?」

「あ…白石さん。こんにちは」


長いおさげを揺らしながら、どこかしっかりとしない足取りで歩いている竜崎を見かけて、俺は声をかけた。

この少女は竜崎桜乃といって、青学の1年で青学テニス部の顧問の竜崎先生の孫らしい。
事情によって祖母についてきたらしいけど。
明らかに一番体力がない上に、その祖母が行方不明となれば、精神的にも休まることはないだろう。

たぶん、この合宿で一番ツライ思いをしているのは竜崎だ。

だけど。


「疲れてるんやないか?少し休んだ方がええで」


この少女はそりゃあもう働き者で、朝昼晩の食事は一応当番制やけどこの子が手伝いとして料理の大半を作ってるし、練習中の俺らに水を配ったり、そうじゃないときは薪を運んだり水を汲んだり採集にいったり釣りにいったり…

いつ休んでるんやってくらい働いている。


「だいじょーぶですよ?働かざる者食うべからず、ですからね…」

「いや、せやから働きすぎやって」

「私は皆さんより力がないので、効率が悪い分、量をこなさないと…」

「俺らと同じ成果を出さんでもええって。できることだけしてくれればそれでええんや」


というか、普通に俺らよりたくさん成果を出しているんじゃないか?
俺たちは割り当てられた作業以外は練習もしているわけだし。


「でも、私…」

「? なんや?」

「い、いえ…何でもないです」


何を言いかけたのか少し気になったが、俺は特に追求はしなかった。


「まあ、とにかく…休憩はしっかりとらなあかんで」

「はい…、気を付けます」


竜崎はにっこり笑って素直に受け答えたが、やっぱり少し顔色が悪いように見える。


「では、失礼しますね、白石さん」

「…ああ。」


簡単に挨拶を交わしてからまた竜崎はふらふらと歩いて行く。

って、やっぱり大丈夫やないやろ!

明らかに足取りがおかしいし顔色も悪いのだから、無理やりでも休ませないと…


「竜崎、」

ふらっ…

「!!…おいっ」


後ろ姿の竜崎に話しかけたとたん、竜崎の身体は横に倒れそうになり慌ててそばに行って抱き止める。


「はあ…言わんこっちゃない…」

「あ…白石さん、すみませ…」

「ええって。それより…」

「え…きゃっ」



問答無用で、竜崎をひょいっと抱き上げた。
竜崎はびっくりした顔で俺を見上げている。


「し、…白石さんっ!?」

「…ロッジまで運ぶだけやから。ちゃんとベッドで休んだ方がええし」

「そんな…ちょっとくらくらしただけですよ…もう平気…」

「あかん。真っ青やで、顔」

「…で、でも…自分で歩けます…から」

「あんな足取りでよく言うわ。ええから、おとなしく運ばれとき」


俺は竜崎の要求を無視してすたすたとロッジに向かって歩く。
竜崎をお姫様抱っこして歩いてると周りの視線は集まっていたが、気にせず進んでいた。


「白石?竜崎どうかしたんか?」

「ああ謙也、ええところに」


途中1人、チームメートのスピードスターが話しかけてきて、俺は歩みを進めながら受け答える。


「竜崎が倒れたから、しばらくロッジで休ませるって手塚か跡部に伝えておいてくれ」

「えっ…倒れたって大丈夫なんか?竜崎」

「…大丈夫です…そんな大袈裟なものじゃ…」

「んな蒼白い顔して言っても説得力ないわ。…頼んだで、謙也。」

「あ、ああ。わかった」



報告を兼也に頼み、俺は先を急ぐ。
竜崎が使っている管理小屋に着くと、すぐに竜崎をベッドに寝かせた。


「…ごめんなさい、迷惑かけて…」


寝かせてすぐに竜崎が口にしたのはそんな言葉だった。


「そんなん…気にせんでええから。もっと自分の身体を気ぃつかいや。」

「…はい…」

「で、気分はどうなんや?」

「あ……少しだけ…頭が痛いです…けど、横になってだいぶ楽になりました…」

「そうか。ほな、しばらく寝とき」

「…はい」


俺は竜崎の返事を聞いた後立ち上がり、ドアの方に向かった。


「白石さん…っ」

「ん?ああ…水をとってくるだけやから、すぐに戻るで」


呼ばれて振り向くと、竜崎が不安そうな顔で見てくるから俺はちゃんと説明したけど、それでも竜崎はまだ不安そうな顔のままだった。


「や…っ…白石さ…」

「竜崎…?」

「行かないで…っ…そばにいてください…」

「…っ」


…殺し文句やろ、それは。

今にも泣きそうな瞳を不安定に揺らしながら訴えてくる少女に、俺は不謹慎にも一瞬見とれてしまう。
顔には出さなかったが、心臓の鼓動が早くなったのは止められなかった。


「…わかった、ここにいるから」


俺はベッドの隣に椅子を置いて、座った。


「ごめんなさ…、わがまま…言って…」

「…ええよ。そんなん…わがままのうちに入らへん」


普通の…いや、たぶん普通よりもか弱い少女なのに、
どうしてか周りに甘えることをしようとしない。

俺は無意識に手を伸ばして、竜崎の前髪を撫でた。

「頑張りすぎなんや…」


ポツリと漏らすと竜崎はぴくっと反応して掛け布団で顔の下半分を隠した。


「…だって…私、…何かしてないと…」

「ん?」

「…っ、不安で…お祖母ちゃんのこととか…だから…」

「……」

「…、他のことで頭をいっぱいにしていたくて…」

「ああ…」


あのとき、桜乃が言いかけたのはこのことだったのか。
何かしていないと、不安で心が支配される。
それで、不安を忘れるためにがむしゃらに働いていたということか。


「気持ちはわかるけどな、先生が見つかったときに竜崎が身体壊してたら、悲しむのは先生やで」

「あ…」

「だから…しっかり休んで、ちゃんと治して…。それから…もう、無理をしたらあかんからな」

「はい…」

「よっしゃ。ええこや」


撫で撫でと頭を撫でていると、竜崎は心地よさそうに目を細めた。


「眠ってええで?」

「やです…」

「なんで?」

「…私が寝てる間に、白石さんがどこか行っちゃう…から…」


竜崎はとろんとした瞳で、小さな声でそう言った。

あー、せやからもう…。

なんでそんな可愛いこと言うんや。


「…行かへんよ、どこも」

「…ほんと、ですか…?」

「ああ…ほんまに。」


安心させるように微笑むと、竜崎は頭を撫でていた俺の左手をとってぎゅって両手で包んで自分の頬に押し付けた。


「…っ!」

「…手、ずっと…握ってていいですか…?」

「…ああ…、かまわんで」

「えへ…ありがとうございます…」



いつもとは違う、甘えた仕草に俺は動揺を抑えきることができなかった。

当の本人は俺の焦りなんか知らずにすやすや眠ってしまったが。


「…ふう」


頑張りすぎ。働きすぎ。
ずっと見てたからわかる。
いつのまにか、見つけると目で追ってたから。

小さい身体で、細い腕で。

誰を頼るわけでもなく、ただ必死に働く姿。


「…倒れるまで無理するなんて…」


竜崎が倒れたとき、そばにいれて良かった。

支えてやれて良かった。

誰も見てないところで倒れたなんてことがあったら、想像しただけでゾッとする。


「せやけど…他の男が助けたなんてことも考えたくないけどな」


今、俺がいる場所に俺じゃなくて他の男がいたら、とか

他の男にさっきみたいな甘える仕草を見せたら、とか

考えただけで嫉妬に狂いそうになる。


「なあ?ここにいたのが俺以外でも…あんな風に甘えたんか?」


眠っている竜崎に問いかけてみても、答えは返ってくるはずもない。



「…ああいうことされると…期待してまうで…?」


俺やったから甘えたんや、なんて。

自惚れだって…わかってるけど。


「お前が…好きなんやで、竜崎」


姿を探すのがクセになって。
いつのまにか、目が離せない存在になって。

気付いたら、ずっと竜崎のことを考えてる。



「…会うてまだ、少ししか経ってへんのにな」



もう、めちゃくちゃ好きなっている。

今もまだ握られて、竜崎の頬にくっついたままの左手。
柔らかい感触が包帯ごしに伝わる。

今までで一番、包帯が邪魔だと感じていた。




【そばにいて】

(初めて俺に言った小さなわがままは、甘い響きを耳に残した。)





end

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