ドキサバ編
□俺の特等席
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「越前」
「何すか、部長」
「竜崎のことだが」
(?…何で部長が竜崎の話を?)
突然呼び掛けられたと思ったら、その話題は意外なものでリョーマは不思議そうに手塚を見上げた。
「できるだけ様子を見ていてやってくれないか?」
「はい?」
思いがけない言葉にリョーマは怪訝な顔で手塚を見る。
「…竜崎をっすか?」
「先生が行方不明でおそらく竜崎は心細い思いをしている。それに周りは竜崎にとっては初対面の者も多い。越前、お前は学年も一緒だし竜崎と一番親しいだろう。」
「はあ…」
「なるべくでいい。竜崎のことを気にかけてやってくれ」
「…ういーっす」
とりあえず、返事をしたリョーマ。
だけど…。
部長はわかってない。
俺が特別気にかけなくても竜崎は…。
7月の終わり。
全国から集められた選手たちはテニスの強化合宿のために無人島に来ている。
桜乃は祖母である引率者の一人、竜崎スミレの手伝いとしてついてきたのだが。
船の事故で引率者は皆行方不明。
無人島で選手たちの力だけで生活をしなければならない状況。
そんな中で身内が行方不明な上に周りに知り合いが少ない桜乃は不安も多いだろう。
それはリョーマもわかっている。
(…わかってるけどさ。)
リョーマはチラ…と困り顔の竜崎を見た。
「竜崎さん、こっちで俺たちと一緒に食べない?」
「アーン?俺たちのところで食うだろ、なあ竜崎?」
「え、えっと…あの」
昼食の時間。
食堂で繰り広げられるのは桜乃争奪戦。
早速火花を散らしているのは立海大と氷帝学園。
両校の部長は冷ややかににらみ合っていた。
「そういう強引な誘い方はどうかと思うぜよ?」
「何や。自分らやて、いやと言わせないオーラを出しとるやん。」
部長だけではなく、他の部員たちの間でもバトルは勃発している。
「なあなあ、アンタはどっちがいいんだよ?」
「えっ、わ、私は…」
「フン、聞くまでもないだろ」
2つの学校に挟まれてもともと内気な桜乃はあわあわと困っていた。
「ちょっとちょっと〜、彼女はうちの生徒なんだからね〜」
「おい菊丸!そんなの関係ないだろ」
「竜崎さんも慣れた人たちと一緒の方が落ち着くんじゃないのかな?」
「フフ、…いつも同じ面々じゃ彼女もつまらないと思うけど」
青学の参戦によって、余計に熱戦になる争奪戦。
(別に、俺が気にかけなくても、竜崎が一人になることはない)
あれだけ周りに人気なんだ。
特別気にかけなくたって、周りが竜崎をほっておかない。
桜乃を取り合う様子を見ながらリョーマはそんなことを考える。
俺が何もしなくたって
他の誰かが…。
(…ムカつく)
他の誰かが竜崎のそばに…?
そんなの…
絶対やだ。
「竜崎」
「あっ、リョーマ君」
「こっち」
「えっ?」
リョーマは桜乃のそばまで来て、桜乃の手首を掴んではじっこのテーブルまで連れていく。
今まで争奪戦を繰り広げていた面々は、一時休戦をし、リョーマの行動をじっと見ていた。
「奥に座って」
「う、うん…」
リョーマは桜乃をはじっこのテーブルの奥の席に座らせて、その隣に自分も座る。
「リョ、リョーマ君?」
「ここでいいでしょ」
「えっ?…あ、うん」
「「「!!!」」」
あの1年、やりやがった!
周りの男たちはだいぶ強引な手段を使った生意気なルーキーにじと〜…と恨みがましい視線を向けている。
よりによって、はじっこのはじ。
真ん中のテーブルならまだしも、はじっこのテーブルで一番はじに座られちゃあ周りはなかなか話しかけることすらできない。
しかもまるで桜乃を守るようにリョーマがぴったりと隣に座っている。
(竜崎の近くは、俺だけでいい)
敵はめちゃめちゃ多いみたいだけどね。
負けるつもりはないけど。
結局リョーマの手によって争奪戦は終わり、中には納得しない者も多数いたようだが仕方なく皆昼食を食べ始めた。
「あの…、リョーマ君」
「何?」
昼食を食べている途中、桜乃がこっそりリョーマに話しかけた。
「ありがとうね、私が困ってるの、助けてくれて」
「…は?」
助けた?
違う。あれは…。
「皆さん、私に気を遣って誘ってくれたんだろうけど、どうしたらいいかわからなかったからリョーマ君が来てくれて嬉しかったよ」
(気を遣って誘った…って)
どう見ても全員、明らかに下心で誘ってたんだけど。
「別に。そんなんじゃないし。」
…助けたわけじゃない。
ただの独占欲。
「うう…、それでも嬉しかったんだもん」
「ふーん」
何も気付いてないとかさすが竜崎。
そういうところも竜崎らしいとは思うけどね。
「じゃあこれからもずっとここに座れば?」
「え?」
「そうすれば困ることはないじゃん。席が決めてあれば周りに気を遣わせることもないし」
「あ、そうだね」
周りの下心に気付いてない桜乃はリョーマの言うことにふんふんと納得している。
「じゃ、じゃあリョーマ君も…ずっとここに座ってくれる?」
「は?」
ここ…って竜崎の隣のこと?
まさか桜乃からそんなことを言われるとは思わなかったリョーマは、間抜けな返事をしてしまった。
「えっと…、やっぱりダメ?」
「……。いいけど、別に」
むしろ願ったり叶ったり、てゆか最初からそのつもりだったなんてリョーマが思っていることは桜乃は知らない。
「いいの? ありがとう!リョーマ君」
「ん…」
無邪気に笑う桜乃を見てリョーマは被っている帽子のつばを僅かに下げる。
こんなことを勝手に決めて、どうせまた納得いかないっていう人たちがたくさん出てくるだろうけど。
そんなの関係ないし。
どんな強敵でも、片っ端から、倒せばいいだけ。
テニスでも、…竜崎のことでも、俺は誰にも負けるつもりはない。
部長から頼まれなくたって、竜崎が不安なときは俺が一番早く気付いてみせる。
そんなことを心に決めながらリョーマは、向けられている多くの敵意を含んだ視線に気付かないふりをしつつ、目の前の食事を食べることをまっとうした。
【俺の特等席】
(竜崎の隣は俺だけのもの)
end