ドキサバ編

□ヤサシイペテン。 シンジツノアイ。
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船の中で、初めて見たときから思った。
汚れていない真っ直ぐな瞳。
俺とは真逆な存在。
だから、近付きたくなかった。

…のだが。



「…竜崎さん?」

「…! あ…、や…柳生さん…?」



見てしまったんだ。
涙を堪えているような…、揺れている瞳を。
そのときの俺は『仁王雅治』ではなく、『柳生比呂士』だった。
例のごとく、入れ替わりの真っ最中だったから。

そんな中、俺は竜崎を見つけた。
ただ1人、砂浜に佇んでいた少女を。
…紳士な柳生は、今にも崩れそうな少女を放っておかないだろう。
『柳生』である俺は声を掛けた。
振り向いた瞳は、あまりに不安定に揺れていた。

だから俺は、

『柳生比呂士』という仮面を被ったまま、

優しい言葉を紡いだんだ。



「…貴女は、偉いですね」

「…え…?」

「辛いのを堪えて、笑っていたでしょう」

「…!」


島に…流れ着いた今日。ミーティングのとき。
夕食のとき。
竜崎は誰かに声を掛けられれば、しっかり笑顔で対応していた。
…合間に、耐えるような顔を伺わせながら。
それに気づいたのは、きっと俺だけじゃないだろうが。
あまりに健気なその姿に、誰も何も言えなかったのだろう。


「…私…、あの…」

「耐えきれなくなったら、無理をしなくてもいいんですよ」

「……っ」


身内が行方不明な上、これから慣れないサバイバル生活をいつまで続けるかわからない状況。
…辛いのは当然。
なのに、泣きもせずにそれに耐えようとしている。

俺は1人分空いた距離から、ただ竜崎を見つめた。
少しし竜崎は、ポツリポツリと話し出した。



「…こんな状況なのに皆さんはとても明るくて…前向きで…」

「……」

「だから…私だけ…、いつまでもこんなんじゃ…、気を遣わせてしまうかもしれない…」

「……」

「…あ、足手まといになることは…わかりきっているのに…っ、これ以上、迷惑をかけたく…ないです…っ…」

「……、竜崎さん」


竜崎の言葉を一通り聞いた後、俺は再び口を開いた。
できる限り優しさを、声に含みながら。


「貴女を迷惑などとは誰も思いませんよ」

「…そんなこと…っ」

「私は思いません。…ですから、何かあったときは私を頼ってください」

「え…」

「辛いときはどうか無理をしないで…私に言ってください」

「…柳生さん…」


竜崎は、…まだ多少無理をしているだろうが…、夕食のときより幾分自然に微笑んだ。


「柳生さんは…優しいですね」



──そう、『柳生』は優しいんじゃ。


涙を堪えた笑顔が眩しくて、『柳生』と呼ばれた俺は、眼鏡の奥でそっと目を伏せた。




・・・・・・・・



二日目の朝からは、竜崎は昨日よりは元気になったように見えた。
一晩休んで、少しは気持ちも落ち着いたのか。
力仕事ができない竜崎は、自分ができる仕事を積極的にしていた。

──たとえば。


「仁王さん、柳生さん、お水です」


練習や作業をしている選手たちに、川で冷やした水を配ったり、とか。
何度も行き来して、選手たち全員に配っているらしい。


「ありがとうございます、竜崎さん」


柳生は紳士的に微笑んで竜崎から受け取っている。
柳生に渡したあと、竜崎は俺を見上げてきた。


「仁王さんも、どうぞ」

「…ああ」


俺に向けられる瞳を見ようとはせずに、俺は短い返事を返してボトルを受け取った。
柳生はチラリと俺を見たあと、再び紳士スマイルを向けていた。


「竜崎さん、今日も暑いですから、体調には気をつけてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


笑顔で言葉を交わしている2人から背を向けて、俺は歩き出した。
「あ…」と、竜崎が漏らした声に、何も反応を返すことはせず。


「どこへ行くのです?仁王君」

「昼寝。」


柳生の問いに一言で答えて、俺はその場から立ち去った。



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