□キラキラ少年
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『このおにぎり、食ってええか?』



地面に落ちてしまったおにぎりを、彼は拾って口につけた。



『めっちゃ美味いでぇ!』



その瞬間から、私は――…。









8月の半ば…、眩しい陽射しの中でテニスの全国大会は終了した。
結果は、青学の優勝。
最後…リョーマ君と、立海の幸村さんの試合…本当に感動した。


授賞式も済み、観客席の人たちが次々と帰っていく。
優勝旗の周りにいるリョーマ君や先輩たちに向けて、心の中で『おめでとう』って呟いて、会場を出た。




「青学優勝か。ほんまあいつら、ようやってくれたわ」

「まあ俺らに勝ったんやから、優勝してもらわんと納得いかんけどなあ」



関東では聞き慣れない口調に横を見ると、そこには確かに見覚えがある人たち。

四天宝寺中――準決勝で青学と当たった大阪の強豪校。
決勝戦…観に来ていたんだ。



「はあ〜〜、ワイ、コシマエと決着つけたかったわ〜」

「しゃーないわ、金ちゃん。また来年や」



大きな落胆のため息を漏らしているのは、赤髪の男の子、遠山金太郎君だ。
あのとき…、落ちたおにぎりを拾って、食べてくれた子…。

準決勝が終わった後の、リョーマ君と遠山君の一球勝負…、半分に割れたボールは両方のコートに落ちて、決着はつかなかったんだ。
思わず、じーっと四天宝寺の様子を見ていたら、遠山君がこっちを見た。


「…ん?」


ばちっと目が合って慌てて目を逸らしてしまう。




「あー!!あんたおにぎりのーーー!!」



大声で遠山くんが叫んで、四天宝寺の人たちが一斉に私を見る。

ひええぇぇっ!!

視線が痛い……!


とにかく呼ばれてしまった以上無視はできないから、ぺこりとお辞儀をする。

そしたら、遠山くんはたったったっと小走りで私のところまで来た。



「あんときはおおきにな!おにぎり、めっちゃ美味かったで!」

「えっ、ううん…そんな」



にっこり笑ってお礼を言われる。
落ちたおにぎりを食べてもらったのだから、こっちがお礼を言わなくちゃなのに。




「金ちゃん?その子と知り合いなん?」



遠山くんの後ろから、四天宝寺の人たちが近づいてきて、じろじろと見られる。
し、視線が……!



「前におにぎり貰ったんや!」

「そういや見たことあるわ。金ちゃんを探してたとき、コシマエと一緒におった子やなぁ。」



白石蔵ノ介さん…四天宝寺中の部長さんだ。
あの不二先輩を倒した人…。



「もしかして、あんとき金ちゃんが何か迷惑かけたん?」

「えっ…いえ、そんな…」

「ワイ迷惑なんかかけてへんもん!ただおにぎり貰っただけや!」



な!って遠山くんに同意を求められて、私は慌てて頷く。
迷惑なんてかけられてない。
むしろ…。




「私が落としたおにぎりを…遠山くんが食べてくれて、」

「…ふぅん?…俺が行く前にそんなことがあったんやなぁ」



落としたおにぎりを食べて…、美味しいって笑ってくれた。

まるで、太陽みたいな笑顔で。



「私、…ずっとお礼を言いたかったの」



私は遠山くんに向き直って、まっすぐに見つめた。



「ありがとう、遠山くん。」



あのときから、私の目には遠山くんがキラキラ光って見える。
眩しいくらいの笑顔、暖かい光。




「ワ、ワイただおにぎり貰っただけやで?」



驚いた顔の遠山くん。
わかっていないのかな?
遠山くんがしてくれたことがどれだけ……。



「…嬉しかったんだよ。ありがとう」

「…そ、そうなん?な、ならええんやけど」



遠山くんはやっぱりわからないみたいで、ぽりぽり頭を掻いている。

わからなくてもいい。

ただ、『ありがとう』って言いたかったんだ。



「せ、せや!あんた、名前なんていうん?」

「え…あ、桜乃です。竜崎桜乃」

「桜乃な!今度大阪に来てな!おにぎりのお礼に美味いたこ焼き食わしたるから!」

「…うん!楽しみにしてるね」



あのキラキラの笑顔を見せてくれた遠山くんに、私もつられて笑顔になる。



この間初めて会った、遠くの場所に住む男の子。


キラキラと眩しい彼に、

私の中には特別な感情が生まれていた。


胸がきゅう…って狭くなる、この感情が何なのか…わからないけれど…




「絶対、大阪来てなー!」

「うん、きっと…行くからね」




また、会えたらいいなって



そう思ったんだ。





【キラキラ少年】

(会えたらまた、笑顔を向けてくれるかな)




end
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