□今夜は月が綺麗ですね
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「あ…見てみて、リョーマさん」

「…何?」



縁側で空をみていた従姉妹の奈々子さんにそう言われて、俺も縁側に出て同じように空を見上げれば、ほとんど円に近い形の月が光っていた。


「綺麗なお月様。明日は満月ですよ」

「ふーん」

「あ、リョーマさん知ってます?夏目漱石のお話なんですけどね…」

「…?」


突然『夏目漱石』とか、何の話かと思ったら確かに『月』の話でもあった。

まあ別にそのときは対して興味もわかず、聞き流していたんだけど──…





翌日の夕方。

一応夕方の時間ではあるがもうだいぶ日が短くなり、すぐに空は暗くなる。

部活の帰り、偶然公園で竜崎が自主練してたのを見かけて、付き合ってたらいつの間にか暗くなってた。




「もう真っ暗だね」

「うん」

「ご、ごめんね?遅くまで付き合わせちゃって…」

「…別に」


そんな会話をしながら二人で家路につく。
空には完全に円になった丸い月が、明るく輝いていた。


俺は、ふと昨日聞いた奈々子さんの話を思い出した。



───『夏目漱石が学校の先生だったのは知ってますよね?』




「ねえ、竜崎…」

「なあに?リョーマくん」

「今夜は月が綺麗だね」

「…えっ?」


唐突だった俺らしくない言葉に、竜崎はぽかんとした表情で俺を見た。

だけどすぐに無邪気に笑って…


「うん、すごく綺麗!満月だね」



真意なんてまったく気付いていない様子で、そう答えてきた。

…予想通りというか、なんというか。


わかってたけどさ、別に。


「ねえ、竜崎。知ってる?」

「え?何を?」

「夏目漱石の話なんだけど…」



俺は昨日奈々子さんに聞いたことを、そのまま竜崎に話してみた。




教師だった漱石は生徒が「I love you.」という英文を「我君ヲ愛ス」と訳したのを聞いて漱石は、

日本人はそんな言い方はしない、

『今夜は月が綺麗ですね』

とでも訳しておきなさい、それで伝わりますから…と生徒に教えた。

直接的な言い方でなく叙情的な言い方のほうが日本人の感性にあっているから、らしいけど…。



「わあ〜!なんだかロマンチックだね!」

「そ?」

「うん!すごく素敵だよ〜」


キラキラ瞳を輝かせてそんなことを言う竜崎。
女ってこういう話好きだよなあ。
奈々子さんも目をキラキラさせて話してたし。



「でも、それで伝わるわけないよね」


実際伝わってないし。


「そんなことないよ!そういう雰囲気だったら、きっとそれだけで伝わるんだよ」

「…じゃあ何?雰囲気が足りなかったって言いたいわけ?」

「え?」


ここまで言ってもまだ気付かないの?
わざとなんじゃないかって疑いたくなるくらいだよ、ほんと。

立ち止まって竜崎を見れば、竜崎もまた、立ち止まって俺を見返してきた。



「リョ、リョーマ君…?」

「……ねえ、竜崎」



じっと竜崎の瞳を見た後、俺は目線を竜崎から外して、再び明るく輝く満月に目を向けた。



「…『今夜も月が綺麗ですね』」



ねえ、気付いてよ。



「っ……!」



ほら、


もうわかったでしょ?

俺の気持ち。





【今夜は月が綺麗ですね】

(わかったなら、答え…聞かせて?)




end
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