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□決戦は夜に
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「景吾様、お茶の用意が出来ました」
「ああ、貰う」
自身の専属メイドである竜崎桜乃に声を掛けられ、跡部景吾は読んでいた本から目を離した。
国内だけでなく世界に名を轟かせる跡部財閥。
日本国内では五本の指に入るほどの大企業である跡部財閥には、将来跡部を支えるだろう1人の嫡男がいた。
それが跡部景吾である。
彼はまだ十代であるがすでに多様な才能と器の大きさ、生まれ持ったカリスマ性が周りに認知されていて、跡部家の将来は安泰だろうと口々に囁かれている。
「ローズマリーのハーブティーと、レアチーズケーキです。」
桜乃は言いながら慣れた手つきでカップにハーブティーを注ぎ、切り分けられたチーズケーキと一緒にテーブルに並べる。
跡部は読みかけの本に栞を挟んで閉じ、自室内にある寛ぎスペースのソファーからお茶の時間のためのスペースへと移り、椅子に腰かけ、ハーブティーが注がれたカップに手を伸ばす。
桜乃は跡部から少し離れた場所で、メイド服特有の白いエプロン前で手を重ねて立っていた。
これはこの部屋の中で行われる、いつもの光景である。
桜乃の家、竜崎家は代々跡部家に仕える家であり、桜乃の祖母は跡部家のメイド長である。
そのため年も近い桜乃と跡部は幼い頃からよく顔を合わせていた。
幼なじみ、といわれる関係に近いが、桜乃は家柄のため、さらには跡部の生まれながらのカリスマ性のせいか純粋に尊敬もしていたため、正式にメイドになる以前から跡部に対してはずっと「主人」という意識があった。
桜乃が中学を卒業したと同時に、桜乃は跡部の希望もあり跡部景吾専属のメイドになった。
高校は跡部と同じ氷帝学園に進学をして、学校を終えた後跡部の家で住み込みメイドをしている。
「…フン、美味いな」
「光栄です」
素直な感想を漏らす跡部に、桜乃は嬉しそうに笑う。
紅茶が好きな跡部のために、彼の好みのお茶の煎れ方をメイドになる前からずっと訓練し続けた結果だ。
今は桜乃以上に跡部好みの紅茶を入れる者などいない。
「桜乃、隣に来い」
「はい」
チーズケーキを食べ終えた跡部は、少し離れた場所に立っていた桜乃を呼ぶ。
桜乃は言われた通りに跡部に跡部の隣に立つ。
跡部は椅子に腰掛けたまま、手を伸ばして桜乃の長いみつあみを弄ぶ。
桜乃の髪は、真っ黒のストレート。
生まれつきなのか髪質が非常によく、いつもサラサラで艶のある髪だ。
幼い頃に跡部が桜乃の綺麗な黒髪を好きだと言ったその時に、桜乃は髪を長く伸ばすことを決めた。
そして今、跡部は自分のために伸ばされた長い髪こうして弄ぶことがお気に入りらしい。
「…おい、桜乃」
「はい、何でしょう?」
「そろそろちゃんと俺の女にならねえか?」
「へっ…?」
跡部の言葉に、桜乃が固まる。
跡部の手からするりと桜乃の髪が抜け落ち、それと同時に跡部は椅子を立って桜乃の腰に手をかけた。
「え、あ、え?景吾様…?」
「アーン?何を戸惑っているんだ。」
「え、だ…って、景吾様がいきなり、びっくりするようなこと言うからっ!」
「今さら驚くことか?前から言ってあったことだろ」
「ええっ!嘘!」
「嘘じゃねえ。覚えてないのか?昔…」
──桜乃、俺が成長して力を手に入れたら、お前は俺の女になれ。
そしてずっとそばにいろ。
──はい、景吾様!桜乃はずっと景吾様についていきます!
そんな約束が交わされたのは、跡部は小学校の高学年に上がったころ…桜乃はまだ小学校の低学年だったころだ。
「そ…、それは、景吾様の"メイド"になれって意味かと…」
「阿呆かお前。俺の女になれっていうのを、そう解釈するやつがあるか」
「だ、だって…私、ずっと景吾様にお仕えしたいと思っていましたから…」
幼いころから、いつも凜として、跡部家の嫡男としての役割を果たしてきた跡部。
そんな堂々と生きている跡部に、桜乃は自分の家のことを抜いても憧れを抱いていた。
いつかこの人に仕えられたらいい、とずっと思っていたのだ。
そして数ヵ月前に中学を卒業し、桜乃はやっとその念願を叶えた。
「そ、それに、私じゃ余りに不釣り合いといいますか…」
桜乃にとって跡部は主人であり…桜乃はあくまでも使用人。立つ位置が違う。
恋をする対象であってはならない。
「何が不釣り合いだ。俺が選んだ女の価値を勝手に下げるな」
本人であっても許さねえぞ、と言いながら跡部は桜乃の腰に回した手と反対の手で桜乃の頬をに触れる。
ひぇっと桜乃がびっくりしているうちに、跡部は更に桜乃の顔に自分の顔を近づけた。