□喧嘩の後には
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「…ふう」


氷帝学園、テニス部。
放課後の部活動が終わり、部員たちは皆部室で着替えている。

そんな中ある一人の男がため息をついた。


「…まただぜ、跡部のヤツ」

「あぁ、何回目やろな」


氷帝学園テニス部三年の、向日岳人と忍足侑士はそんな会話を交わしている。

先ほどのため息。
それは、彼ら氷帝学園テニス部の頂点である、跡部景吾によるものだった。

普段の跡部は満ち足りた自信とそれに確かに見合う実力を持つ、ある意味で完璧な人物である。

そんな跡部がため息をつく様子など、今までは見られなかった。

だが、ここ最近、跡部はよくため息をつく。
そして明らかにいつもの自信満々の彼ではない。


「あの跡部が目に見えて落ちてるんだぜ?何があったんだ」

「何があったかはわからんけどな…原因は多分…」

「…? なんだ?」


今までも小声で話していた二人だったが、忍足がより声を小さくして向日に耳打ちした。


「…桜乃ちゃん」

「…あぁー…なるほど」


確かに跡部を悩ませられる原因なんて、それしかないのかもしれない、と向日も納得する。

跡部が愛してやまない恋人、それが竜崎桜乃だった。

周りから見ても跡部はとにかく桜乃にゾッコン・ラヴであったので、跡部の中での桜乃の存在は限りなく大きいだろう。


「テニスのことでだって、あんな風にはならんやろ。桜乃ちゃんのこと以外考えられん」

「確かにな。何があったんだろ?喧嘩とか?」

「フラれたんじゃないんですか?」


忍足と向日の小声の会話に、突然二人の後輩である日吉若の声が普通のトーンで割り込んできて、忍足・向日がびくーっ!!と肩を跳ねさせている向こうでは跡部がピク…と眉毛を動かした。


「ばっ日吉!声がでけぇよ!!聞こえるっての!!」

「そうやで日吉!今のアイツは腫れ物なんやっ!!硝子のハートなんやでー!!」

「…誰が硝子だって?あぁん?」


もはや小声を忘れて日吉を咎めている忍足と向日の後ろから噂の張本人がそこに加わり、二人は再びびくーっ!!と肩を揺らした。


「あ、あらぁ景ちゃん、ご機嫌麗しゅう?」

「気持ち悪い口調はやめろ忍足。」


誤魔化すつもりだったのか反射的にそんな挨拶をした忍足を跡部が一蹴する。


「あ、あのなぁ跡部。日吉に悪気はないんやで?」

「そうそう!心配しただけだよなっ?日吉!」

「心配? 何言って「「いいから黙っとけ!」」


日吉による跡部のハートをえぐった?発言を、何故か忍足と向日が必死になって弁解した。

そんな様子に跡部は呆れ顔になる。


「お前らな…何を想像しているかは知らねえけどな。これだけは言っておくぜ」


そう前フリをつけてから、跡部は宣言する。


「俺はあいつを手放さねえ」


何がってもな、と堂々と言い放った跡部は、そのまま部室を出ていく。
そんな様子を忍足・向日・日吉の三人は何も言わずにただ見ていたが、跡部が出ていって少し経った後、日吉が口を開いた。



「…あの人に心配なんて、要らぬ世話でしょう」

「…確かに、そうだったな」

「日吉の言う通りやわ」


常に自信を持っている跡部。
例えば珍しく、悩みにふけっていたとしても、結局はそれは変わらない。


きっと、本人が宣言した通り。

何があっても、桜乃を放さない。


「まぁなんかあったのは違いないやろうけどな」

「でも侑士、見ただろ?あの出ていくときの跡部の瞳」

「ああ。いつものアイツに戻ってたなぁ」

「結局、喧嘩しようが、たとえフラれようが、知ったこっちゃないでしょう。あの人は」


…この後、いつもの自信に満ちた瞳に戻った跡部がどこに向かったのかは、想像に難くなかった。

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